1994.05.02
エレベータ
ホテルパシフィック千葉 Standard Room
哀-2

ホテルのエレベータに乗っていると、乗り合わせた他のお客さんから突然声を掛けられることがしばしばある。美しい人から食事やバーへの誘いならばうれしいのだが、単に「○○階お願いします」と、ボタンを押すのを頼まれるだけだ。

それならばよくある光景だが、ぼくの場合はちょっと違う。思いっきり命令口調で「17階!」とか指示されてしまうのだ。どうやらホテル従業員と間違えているらしい。そのことを身内にこぼすと、立ち位置が悪いと指摘された。エレベータに乗る時のことをよく考えると、どうも操作ボタンのそばに立つことが多い。だが、操作ボタンの前に立つだけで従業員と間違えられるとは思えないので、他に原因があるのではないかと考えてみたが、それがハッキリとしない。黒っぽいスーツを着ているときが多いからか、はたまた、ただなんとなく従業員風な雰囲気を漂わせてしまっているのか・・・・。

いずれにしても、こうして「17階!」と声を掛けられてしまったとき、反応に困ってしまう。従業員と勘違いをされているのだから、ここで無愛想な態度を取れば、「このホテルの接客は最低だ」なんて、更に誤解を招いてしまうのではないか。いずれ従業員だと思われているのならと、“ご指定”の階に到着するまで従業員に扮してしまった方が無難か。というわけで「かしこまりました」と愛想よく返事をすることが多くなる。

ほかにも、館内をうろうろしているだけで、「トイレどこ?」といった具合に、どこででも従業員と間違えられる。デパートでもそうだ。紳士服売り場で、服を手にとって見ていると、突然オジさんが「靴下はどこにありますか?」と声を掛けてくる。「店の人ではありません」と答えるのも、場所を説明するのもたいして変わらないのだ。

ところが、ぼくもいつでも機嫌がいいわけではない。この日は疲れていて、少々ゴキゲン斜めだった。チェックイン前に、駐車場が混み合っていてなかなか駐車できなかったり、昼食がおいしくなかったりと、このホテルのために愛想を振り撒く余裕がなかった。そこへ来てまたしても、「17階!」と言われてしまい、この時ばかりは無言で17階のボタンを押して、壁に寄りかかってみた。

こうなるとどう見ても従業員には見えないわけで、上昇しながら、短い時間ではあったが、気まずいどんよりとした空気が流れた。するとオジさんは「ああ、ホテルの人じゃないんだ、申し訳ない・・・」と済まなそうに声を掛けてくれた。一瞬とは言え、無愛想な態度を取った自分が哀しかった。

Y.K.