1996.03.17
パーフェクトサービス
ホテル西洋銀座 Suite
喜-5

車でエントランスに入ると、その場にいるスタッフが全員近づいてきて、誘導してくれる。まるで旅客機のパイロットになった気分。ドアをあけるしぐさもカッコよく、荷物の扱いにも十分気をつけてくれているので、安心して任せられる。いつもながら知性たっぷりの笑顔で仕事をするさまには貫禄を感じる。

名前を告げることもなく、レセプション直通のエレベータに案内され、レセプションルームへ。そこには全員で起立して出迎えてくれるパーソナルセクレタリーの姿がある。簡単な手続きを終えると、予約したスイートがまだ用意できていないので、用意できるまでの間、別のタイプのスイートを使っていてもらえないかとのことなので、OKした。

同じレイアウトの部屋はないという西洋銀座の他のタイプのスイートを見れる絶好のチャンスだ。最初の客室はダブルのスイートで、よくパンフレットに載っている、リビングとベッドルームの間の扉がフレンチドアで、そのドアがテレビの左右に2個所あるタイプの部屋だった。同じタイプの客室はいくつかあるようだったが、ちょうど角部屋だったため、客室のドアからリビングまでの距離が結構あり、客室内にしては長い廊下があった。

また、バスルームは十分に広いが、外光は入らないタイプだった。このタイプの客室は、ハリソンフォードなどのハリウッドスターもよく利用しているらしい。部屋を一通り見回したところで、昼食に出掛けることにした。いくら、ご自由にお使いくださいと言ってくれても、「仮住まい」だと思うと、荷物を広げる気にはなれなかった。とりあえず、見れただけで満足だ。

昼食は、地下の「アトーレ」に出掛けた。客室からのエレベータで地下1階に降りると、「アトーレ」の裏口に出る。本来なら2個所のエントランスがあると表現すべきかもしれないが、ぼくがエントランスに立っても、従業員はなかなか気付かなかったので、「裏口」なんだなぁという印象だった。この店はカジュアルゾーンとエレガントゾーンに分かれていて、設えもメニューもまったく違う。厨房が同じだけで違う店だと解釈した方がいいかもしれない。表口の方がカジュアルゾーンで、裏口の方がエレガントゾーンだ。やや活気あるカジュアルゾーンに対し、エレガントゾーンにはほとんどゲストがいなかった。

従業員はお疲れなのか、皆そろいもそろって無愛想。メニュを差し出す時も、アペリティフを尋ねる時も、雰囲気が暗かった。料理は8,000円から。正直言って驚いた。2階のフレンチレストラン「パストラル」だって、6,000円で提供しているのに、こっちの方が高いなんて!それも、入るなりお通夜みたいなサービスで押し通されているから、なおのこと割高感があった。でも、実際に食べてみたらめちゃくちゃおいしくって、安いと感じるかもしれない・・・ しかし、結構いい料理が出ていたとはいえ、結局、高いなぁ、という印象は消えなかった。

さて、昼食を終えレセプションに立ち寄ると、すでに新しい部屋の準備が調っているというので、早速案内してもらった。今度の客室は最上階で、入るとすぐにリビングがあり、隣がベッドルーム、その奥がバスルームになっていて、バスルームを含めて3部屋構成と言えるように、それぞれの部屋に同程度の面積を当てている。総面積は70平米ほどだろうか、それほど広々した感じはないが、必要なものはすべて機能的に配置されているので、不足はなかった。

特に、バスルームは自然採光が可能な窓際タイプで、ブードアルームよりも更に広い床面積があり、快適だった。ただし、このホテルでいつも感じることだが、配水管になにか問題があるらしく、シャワーブースに入ると、下水の臭いがする。排水溝を含め清掃は十分に行き届いているので、不潔は印象はないが気にならないわけではない。バスタブの清掃状況は、日本のホテルでは最も行き届いている。バスタブのハンドレストの裏側まで、よく洗浄してあり清潔だ。

アメニティーは全室共通で、石鹸もシャンプーも大きいには大きいが、ほとんどが国産のコンビニでも手に入るような品質のもので、このホテルには相応しくないように思う。冷蔵庫内のソフトドリンクは無料、氷はすでに用意してあり、バーで使用するような大きな透明のロックアイスだ。クロゼットには、トレーニングウエアのような室内着が用意されている。これがまた、とても肌触りがよく真っ白で気持ちがいい。実はぼくの自宅でも使用している。パーソナルセクレタリーに申し出れば一着10,000円で分けてくれるはずだ。

ひとつの頼み事を通じて、パーソナルセクレタリーの卓越した実力を実感することができた。今回は三連泊だったので、途中ピアノの練習をしたかった。そこで、パーソナルセクレタリーにどこかピアノを練習できるところがないか聞いてみた。すると、何も調べるまでもなく、彼女の知識の中から「銀座通りの先にヤマハ銀座店があり、そちらの2階にグランドピアノの入った練習室がございまして、そちらをご案内させていただいております。ご予約をお取りいたしましょうか?」とよどみなく返答がある。

早速予約を頼むと、部屋に戻るや否や電話が鳴り「ご希望通り、ご予約が取れました。場所はお分かりですか?よろしければご案内いたしますが」との気の遣いよう。もちろんヤマハの場所は知っているので、礼を言って電話を切り、鍵をレセプションに預けて練習に行った。

さて、練習から帰ると、今度は先程はそこにいなかった別の男性パーソナルセクレタリーがエレベータの前で、ルームキーを持って出迎え、「ピアノはいかがでしたか?」と言う。レセプションからは正面玄関が見渡せるので、トコトコ歩いて戻ってくる姿を見つけ、鍵を用意して出迎えたのだろう。

しかし、ピアノの練習に出掛けていることは、先ほどの女性パーソナルセクレタリーしか知らないはずだ。ところが、ここではみんなが知っている。情報の連携が見事だからだ。「おかげで気持ちよく練習できました。あそこはヤマハの最高級のピアノが用意されていて、状態もよく保たれていますから、どんな著名なピアニストがお見えになっても、自信を持ってご案内できると思いますよ。」と答えておいた。このホテルにおいて、パーソナルセクレタリーのサービスについて、不足を感じたことは未だかつてない。パーフェクトだ。

就寝前に翌朝のモーニングコールを頼むと、モーニングコールと同時に飲物を用意すると勧めてくれる。翌朝は、約束の時間に電話が鳴り、心地よい声で起こしてもらった直後に、パーソナルセクレタリーがリモージュの器でコーヒーを運んできた。もちろん無料。

しかし、「パストラル」の朝食にはショックを受けてしまった。東京でもっとも優雅に朝食をとれるレストランの一つだと思っていだけに残念だ。まず、注文を受ける時の態度が横柄だった。実は喫茶マイアミからヘルプに来ている従業員だったのかもしれない。いや、そう思いたい。彼は、テーブルに来る度に不愉快なスパイスを振りまいていった。料理も然りだった。薄く熱いはずのトーストは冷めてフニャフニャ。ポーチドエッグは火が通り過ぎ。コーヒーのデカンタを鷲づかみにして腰より低い位置でブラブラさせながら運んでくる。以前は銀器にうつしかえてサービスしていたはずなのに。これが偶然であることを祈ろう。

Y.K.