1998.08.28
1998.09.08
銀の塔
「トゥールダルジャン」ホテルニューオータニ
楽-5

機会があって、2週続けてこの店に出かけた。28日は、フォトグラファーの會澤さんとその奥様に、日ごろの感謝を込めての晩餐。8日は、7年来親しくしているレディーお二人との食事で。

いつも思うことだが、このレストランに入るときの心境は、コンサートの開演直前に似ている。ベルが鳴り、客席のライトが徐々に暗くなって、ステージへのはじめの一歩を踏み出すときの心地よい緊張がある。こういう店を余り日常的に利用してしまうのはもったいないかもしれない。これ以上の雰囲気を望むならよその国に行くしかないからだ。豪華な店内と、それに釣り合った華麗なサービス。世の中ではこの店に対して厳しい意見を聞くことの方が多いが、ぼくは幸運にも一度も外れたことがない。何度来てもいつでも「喜の5」か「楽の5」になる。

決して安くはないが、高いと感じたことは一度もない。それだけの満足感を与えてくれるからだ。また、客側の気構えも影響していると思う。店の品格に合わせて「良い子」に振る舞っていれば、実力のある店はそれを見せてくれる。格調高い中にも、くつろいだ感じがあり、ジョークを交えたりしながら、楽しく食事をエスコートしてくれるので、誰をお連れしても安心だ。

今回は両日ともに、料理に関しては前もって予算を告げて店側に任せた。ちなみに、ぼくはホテルでもレストランでも、決して自分の名前を名乗って予約することはない。今回は、2回とも別の人に予約を代行してもらい、それぞれの人の名前で予約が入っていた。日にちが違うとはいえ、予算が同じだと、同じ料理になることがしばしばある。それはそれで構わないと思っていた。8日にテーブルに置かれた今日の献立を見ると、28日と同じ品が幾つか記載されていた。ところが店側は、28日にぼくがそれを食べていることをきちんと覚えていて、席に付いてから別の献立を考えてくれた。

今回の食事では、素晴らしいワインが登場した。モンラッシェの88年、ムートンの82年、ラターシュの81年。小売店ではもう拝めない品々で、たとえ見つけたとしても天文学的な値段が付いている。これらが破格とも言える良心的な価格で扱われている。価格が高騰する前に相当数を入手しているからこそ出来ることだ。便乗して値上げなどという姑息なこともしていない。これらのグランヴァンを味わうだけでも価値ありだが、あまり悪戯に消費されないことを願う。

8日には、あまりに話しが弾みすぎて、帰宅する気力を無くし、メートルに客室を二部屋用意してもらった。ルームキーを受け取るまでは良かったのだが、客室ではシャワーが故障していて、エンジニアが土足でバスルームでガタガタはじめるし、ナイトマネージャーはその様子を見ているしで、すっかり酔いが覚めてしまった。ルームチェンジをしてもらって一段落付いたのは、チェックインから1時間後の午前1時過ぎだった。せっかくの楽しい晩餐は、こうしてホテルの不手際でぶち壊しになって幕を閉じた。

2001.03.24
冷めた恋
「トゥールダルジャン」ホテルニューオータニ
哀-3

かつてあれほど輝いていた店が、どういうわけかかすんで見えた。料理が悪くなったとか、サービスが落ちたとか、店自体に大きな変化があったわけではないのに、単なる上質な空間をもったフレンチレストランでしかなくなってしまった。いつか夢中だった人のそばに立っても、今はもう胸がときめかなくなったように。ぼくはトゥールダルジャンに恋をしていただけなのかもしれない。

一瞬そんな風に考えてみたが、冷静に店を眺めてみると、やはり以前とは空気が違っていた。週末で満席の店内は、ゴージャスな内装が一層引き立つ華やかさがあり、伝統の料理とともに洗練された雰囲気を味わおうというゲストたちの気がみなぎっていた。

しかし、従業員たちはどうであったか。かつては舞台に上がった芸術家のように、時にはゲストを上回る品格を振りまき、店の空気をいやがうえにももりたてて来た成熟の給仕たちが、まったくフツウの人たちに見えた。テールコートの裾で切る風が以前とは違っている。すべきことはすべてしてくれるし、料理にも新鮮な発見があって楽しかった。安心して利用でき、誰をお連れしても恥になることのない名店であることに変わりはないが、この店の魅力はそれだけではなかったはずだ。いつまでもその場を立ち去りがたい気持ちにさせてくれた、あの頃が懐かしい。

本来抜群の実力と魅力がある店だけに、この度の落胆は大きく感じられた。また、会計に際し、納得のゆかない部分があり説明を求めたが、若い会計担当者はまったく的をはずした回答を繰り返すのみで、到底理解できるものではなかった。後日、きちんとした回答を得ることができたものの、あまり気分のよいものではなかった。以前のぼくなら納得がゆくまで議論を交わすところだろうが、もう歳なのかあっさりと引き下がり、その分利用する頻度を減らすことになりそうだ。

Y.K.