クリスマスの試練

山口市で2日間の演奏が終わりました。ディナーショーとコンサート。それぞれに趣の異なる催しに、今年も多くの皆さまが参加してくださいました。

ご来場のお客様、主催者の皆さま、そして各地よりエールを送ってくれた皆さまに、心から感謝します。

1日目はセントコア山口のボールルームでディナーショー。和やかで心地よい賑わいに満ちた客席とは対照的に、非常に厳しい環境での演奏となりました。今回も、音楽の神様は私を試し、それを面白がっていたように思います。

お客様のお食事が進み、予定よりも少々遅れて演奏がスタート。期待が込められた拍手に気分よく舞台に上がり、最初の曲を弾き始めました。

その瞬間です。全てが違っていると感じ、即座に青ざめました。音量も乏しい上に、トランジスタラジオのような薄っぺらい音なのです。

メインスピーカーの電源が抜けているのか。PAのセッティングに何か問題が生じたのか。とにかく音がおかしい。

それでも音楽は時間とともに進んでいきます。お客様も何かおかしいと感じているに違いない。どうしよう。一度止めて原因を探るか。でも、その間、どうやって時間をつなぐか、などなど。

考えている間に1曲目は終盤に差し掛かり、ハッと気づきました。そうか、自分の耳がおかしいんだ。それも相当に。

実はこの日、風邪をこじらせた影響で、朝から片耳が聞こえませんでした。昼過ぎにリハーサルを始めた時には薬の効果でだいぶ快復し、弾き始めこそ違和感があったものの、次第に慣れて気にならなくなっていました。

そこにエレクトーンの突然の不調。問題は解決せず、結局エレクトーンを入れ替えることになり、リハーサルを中断。代替器が届くまでの2時間は、体を休めて待機。

エレクトーンはプロフェッショナルモデルからひとつ下の型に変わりましたが、不調のないものが到着。音響セッティングを整え、簡単にチェックを済ませた頃には開場時間となり、控え室へ下がりました。

リハーサルの中断から5時間。リハーサルで慣れた耳は薬が切れて元に戻っただけでなく、更に聞こえにくくなっていたために、1曲目の演奏はまったく集中力に掛けるものとなり、穴があったら入りたいくらいの気持ちで拍手に応えた記憶があります。

しかし、ひとたび始まった演奏会は、最後まで務めなければなりません。落胆している場合ではないのです。満足なスタートでなくても、まだまだ挽回はできます。原因もわかりました。あとは前向きに対処するのみです。

2曲目からは落ち着いて演奏することができました。しかし、まるで水の中で聞くような音には、より気分を昇華させる効果は望めません。そもそも、ボールルームは響のない空間ですので、エレクトーンの音はどうしても硬くなりがちです。

この時も、シンプルな部分はそれなりに気持ちよく感じられたのに対し、合奏の華やかな音の部分はかなり乾いて聞こえました。もっとふんわりとした音色で、お客様を温かく包み込みたい。終演まで軌道修正に挑みつつ、漕げども漕げども潮に流されていく船頭の思いでした。

お客様は心広く演奏を受け止めてくださったようですが、自分のベストをお聞かせできなかったことが、とても悔やまれます。

オーケストラやアンサンブルであれば、いろいろな意味で互いをカバーし合うこともできますが、単身で出向きソロで弾く時は、一切のサポートがありません。こうした環境でも常にベストを提供するには、まだまだ経験と引き出しが足りないと痛感しました。

その夜は一晩ベッドで苦しみました。体もきつかったですが、主に気持ちの面で。でも、同じ失敗を2日連続でするわけにはいきません。対策を考え抜いて会場へ向かいました。

耳のコンディションはむしろ悪化して、更に聞こえにくいところに、キーンと耳鳴りがしています。セッティングを終えてリハーサルをしましたが、どう聞こえてもそれに惑わされないようにしました。幸い、これまで何度も演奏している会場ですので、どうセットすれば最善かはすでにわかっています。

この日の演奏会は、エレクトーン演奏の前に、合唱団の演奏が組まれており、エレクトーンのリハーサルは11時までに上げる約束をしていましたので、予定通りに会場を合唱団に引き渡し、そのリハーサルを私も見守りました。

合唱団のリハーサルが終わる頃には開場待ちの列も出来ていたので、少し早めに開場。ホールの外はとにかく寒いんです。

定刻に開演し、自分の出番まで待機。やがて声がかかり、満席のホールへ入りました。リハーサルから3時間空いての演奏です。第一音目がどんなに異質でもうろたえないこと。そしてその音を基準点に表情を加えること。そしていつもよりは、自分の内面に集中すること。

作戦は功を奏しました。体力的に厳しいコンディションでも、エネルギーの配分と構成をきちんと考えておけば、ちゃんと波は起こせるとわかりました。今後、更に歳を重ねて体力が衰えた時、いかにして大きな作品を鮮やかに表現するかのヒントも得られました。

しかし、聞こえないのは、暗闇よりも怖ろしいものです。ベートーヴェンやスメタナの立場が少しだけわかった気がします。クリスマスコンサートと銘打った2日間の試練。またひとつ前へ進めました。

そして12月23日には、周南市文化会館で5回目の周南第九コンサートが開催されます。第1部では、徳山高校の学生たちが朗読する「まどみちお」の詩と、音楽とのコラボレーションをお届けします。こちらもぜひお見逃しなく!