悪魔の媚薬

2月12日の加古川第九コンサートでは、第九の前に、3つの合唱曲とピアノ協奏曲の演奏があります。本番まで3週間ほどになった日曜日、ピアノ協奏曲のリハーサルをおこないました。

リハーサル会場となった加古川松風ギャラリーは、1階がギャラリーで、2階が小さな音楽ホールになっています。演奏者ふたりだけのリハーサルなので、ピアノとエレクトーンが並んだ音楽教室のレッスン室でもじゅうぶんだったのですが、できるだけ本番に準じた環境でと、主催者が気を遣って用意してくれました。

それなら、せっかくの客席を無駄にしてはもったいないということで、合唱団の皆さんにリハーサルを開放。自由に鑑賞してもらい、みんなの連帯感を高める狙いもあります。

エレクトーンは、姫路労音が購入し、納品されたばかりの新品を運び込むことに。楽器にも車にも傷ひとつつけないよう、慎重に運搬。労音の皆さんにとっては、初めてのエレクトーン移動でしたが、とてもスムーズでした。

音楽ホールはサロンの趣き。木目の美しいベーゼンドルファーが鎮座しています。その脇にエレクトーンを設置。リハーサルなので外部スピーカーは使わず、本体スピーカーから音を出します。

ピアノ演奏は河岸毅さん。本場ウィーンで長く研鑽を積んだ実力派です。いつも加古川第九の稽古ピアニストを務めていますから、みんな顔見知り。でも、ソロやコンチェルトを聞く機会は多くありませんので、集まった団員は興味津々。

まずは主催者からの歓迎のセレモニーがあり、皆さんが私たちに歌をプレゼントしてくれました。それまで緊張しきっていた河岸さんも、少しはリラックスできた模様。「それじゃ、やってみましょうか」「はい、えっ、全部通すんですか?」「分ける?」「いや、大丈夫です」。

スタンバイして、私から河岸さんへ「どうぞ、始めて」のアイコンタクト。私はこの時点で第九を弾く河岸さんしか知らず、ピアノの腕前や精神性も未知数のまま。しかし、40分後、全楽章が終わった時には、かなり多くのことを理解しました。音楽人間にとって、40分のアンサンブルは、10年の共同生活よりも濃密です。

聖職者のように純粋で実直な演奏をする河岸さんに対して、私はまるで媚薬を注ぐ悪魔のよう。初回ですから、幾分ギクシャクするところはありましたが、滞ることはなく、特に心配はいりません。

主催者差し入れのコーヒーを飲みながらしばらく休憩。残された80分でどのように音楽を練っていくか方針を考えつつ、会話でのコミュニケーションを楽しみます。そして2度目の通しでは、少し強引に音楽を揺さぶってみました。河岸さんはそれにも難なく付いてきますが、こちらの流れに完全に寄り添ってしまい、主張が霞んでしまうのが気になります。それを引き出すのも私の役目。残りの時間は部分をピックアップして、河岸さん自身が気分よく歌って弾けるよう工夫しました。

こうして2時間のリハーサルが終了。河岸さんも主催者も安心してくれたようで、私もホッとしました。

加古川第九コンサートへの展望は開けましたが、その前々日には東京リサイタルが立ちはだかっています。仙台クラシックフェスティバルでは3日間に40曲以上を弾いていたことを思えば、ふたつの演奏会が続くくらいで泣き言を言ってもいられません。ただ、当時とは一曲に注ぐものの濃度が違います。あと3週間、集中力を高め、すべての役割を全うしたいと思います。