第34回 霧島国際音楽祭に参加して

第34回霧島国際音楽祭は、今まさに開催中。2週間の会期中、数々のコンサートと、未来の一流音楽家を目指す若者たちが名手たちから直接手ほどきを受けられるセミナーとで、熱く盛り上がっています。私はオープニングに参加し、すでに霧島を後にしましたが、今からでもすぐに飛んで戻りたい気持ちを抑えるのがやっと。それほど刺激的で夢のような体験でした。

1980年にスタートした霧島国際音楽祭には、クラシックの分野において最高の演奏家が集うわけですが、どちらかというとアカデミックな色合いが濃く、私のような者は参加できないものだと思っていました。

それでも、まったく可能性がないわけではない。努力次第では目にとめてくれるかもしれない。そう信じて待っていたところ、チャンスが巡ってきたのです。

今回の役割は、霧島神宮で行われる「かがり火コンサート」と鹿児島空港で行われる「エアポートコンサート」での演奏で、いずれもテノール歌手である中鉢聡さんのお相手。

メイン会場のみやまコンセールでは通好みの濃密な演奏会が繰り広げられる一方、かがり火やエアポートは、地域の皆さまをはじめ幅広い方々にくつろいだ雰囲気で音楽を楽しんでいただくというテイストのコンサートなので、エレクトーンのよさが生きることでしょう。

中鉢さんとは、今回が初共演。お名前はもちろん、活躍ぶりもよく耳にしていましたので、いつか共演したい声楽家として憧れていました。初対面は春の打ち合わせの時。次に会ったのはリハーサルの日。和歌山のチャペルコンサートを終えて東京に戻ったその足で、まだ頭がこんがらがったまま向かったのでした。

あらかじめ預かった13曲の楽譜はいずれもピアノ伴奏譜です。多くは以前弾いたことのある曲ですが、中鉢さんのために、そして霧島国際音楽祭のために、すべて一から編曲をし直すことに。限られた時間をギリギリまで使って何とか仕上がりました。

リハーサルに時間通り到着した中鉢さん。ふたりで会話をするのもこの時が初めて。挨拶を交わしたらすぐに合わせてみることに。軽く抜き抜きで歌いますねと言っていたのに、ものすごいエネルギー。たっぷりと伸びるは伸びるは。これは面白くなりそうです。

テノール歌手が歌う曲はカッコよくて派手な作品が多いのですが、それだけに歌手への負担も大きくなります。複数の歌手が代わる代わる歌うならまだしも、これでもかというほどパワフルな曲をひとりで続けて歌うので、少し巻き気味で弾いた方がいいのではと思って尋ねましたが、大丈夫とのこと。「素晴らしい。でもどうなっても知りませんよ。」と私。

リハーサルは13曲をざっと流して終わりました。もっと細かく知っておきたいこともありましたが、この人となら問題ないと確信できました。あとは私自身の問題だけです。いくつかの曲は、想像していたイメージと違っていたので、編曲をし直さなければなりませんが、あと2日あるので大丈夫でしょう。

出来る限りの準備をして、いよいよ霧島へ。鹿児島空港で出迎えられ、まずは宿へ。そして、分解されて配送されるエレクトーンを組み立てるために、事務局のあるみやまコンセールに行こうと思ったら、エレクトーンが届いていないとの知らせ。

本番までに届いてくれれば構いませんが、出来ることなら1分でも長く練習がしたかったので、ちょっと残念。でも、ないものは仕方ありませんので、素晴らしい温泉を満喫することにしました。

すっかり高原リゾートの気分で迎えた当日。楽器が届いたとのことで、みやまコンセールに出向いて、まずは組み立て。次いで運搬車に載せて、楽器と一緒に霧島神宮に出発です。

1500年の歴史がある霧島神宮は、周囲を深い森に囲まれており、なんとも荘厳な雰囲気です。本殿の脇に神楽殿があり、その庭に特設ステージ。700席ほどのイスが並べられ、PAや照明の準備も進められています。

じっとしているだけでも暑いのですが、エレクトーンを車から降ろし、舞台にセット。サウンドチェックをする頃には汗だくです。30時間ぶりに触る鍵盤からは離れたくありませんが、体力を消耗し過ぎると本番に差し支えるので我慢します。

中鉢さんとの現場リハーサルは3曲だけ。繊細なもの、派手なもの、そして私がちょっぴり不安なもの。あとは本番をやってみなければわかりません。

本番を迎える頃には、すっかり暗くなり、会場のあちこちに置かれた「かがり火」が幻想的。一瞬、天気が崩れそうな気配もありましたが、雨が降ることはありませんでした。

満員のお客様に迎えられた本番。私は中鉢さんとのアンサンブルを楽しみました。ドラマチックでキレのある歌声は、どんどんお客様を引き込んでいきます。ちょうど90分のコンサートは熱狂的なムードで終わりました。

翌日は出番のないオフ日だったので、みやまコンセールでのスペシャルガラコンサートを鑑賞。クラシック音楽の頂点を担う名手たちの競演は、ショッキングなほどに刺激的でした。

美しいホールに響く弦楽器の音。開演して最初の音が鳴った瞬間から、体が震えるほどの衝撃です。舞台には18歳の若きヴァイオリニストがひとり。私の3分の1しか生きていないのに、どうしてこんなに深い表現が出来るの?

第2部はまさに夢の競演。音程にまったくブレのないヴァイオリンに惚れ惚れ。3人とも「おはよう」って声をかけるような自然さで、こんなに美しすぎる音を出してしまうんだ・・・

これに比べたら、私が出すのは雑音でしかない。霧島国際音楽祭というのは、やっぱり恐ろしい。私のような者が来るところではなかった・・・

いや、そんなことはない。私にも役に立てることはあるはずだ。このような演奏にはとても及ばないけれど、私にも私の音楽がある。さあ、どうする?神田将・・・終演後は、しばらくぼーっとそんなことを考えていました。

終演後は、みやまコンセールの芝の上で、音楽祭を支える友の会メンバーがセッティングしたワインパーティ。たくさんのブースがあり、おふくろの味から洒落たスイーツ、黒豚ステーキまで、まるでグルメ見本市のようなバラエティ。これらを好きなだけ味わえます。

そしてガラコンサートの出演者をはじめ、音楽祭に参加している演奏家や受講生、お客様がひとつになり、音楽談義に花を咲かせながら楽しいひとときを過ごしました。

こんな体験ばかりしていると、思うことや考えることがあり過ぎて、とても夜は眠れません。実際、霧島に来てからというもの、私は舞い上がっていました。冷静さを欠くとたちまち崩壊するのがエレクトーン演奏の怖いところ。演奏の時は平常心を保たなければ。

エアポートコンサートのため鹿児島空港に向かう前、みやまコンセールでの昼食会に参加。そこで初めて中鉢さんと「実務的でない」会話をしました。ここに来なければ接点がなかったスーパースターたちが、奇妙な楽器を弾く場違いな私のことを受け入れてくれたのも嬉しかったです。

鹿児島空港は灼熱の地。いかに霧島が涼しいかが実感できます。エアポートコンサートは国際線出発ロビーで17:30からですが、15:00からは国内線出発ロビーにて霧島国際音楽祭のPR演奏です。

ほんの15分ほどのソロ演奏ですので、気楽に構えて。演奏が始まると多くの方々が足を止めて聞いてくれました。それなりに音量は出していいけれど、アナウンスが聞こえなくならないようにとのことだったので、自分が常にアナウンスを聞こえるようにしながら弾いたのですが、だんだんアナウンスの空耳が聞こえるようになって、ちょっと混乱しました。

改めて楽器を国際線ビルに運び、セッティングとリハーサルを。屋外だった神宮に比べると自分の音も聞こえやすいのですが、やはりホールのようにはいきませんので、プログラムを一通り弾いて響きに慣れます。

だいたい感覚がつかめたと思っていたのですが、本番になると、お客様がたくさん入ったことでまったく響きが変わっていて、中鉢さんとのバランスを保つのに苦労しました。

もし、もう一度同じ場所で演奏会があるなら、次の時はバッチリ大丈夫ですが、悔しいことに1発限り。生声で熱唱してくれた中鉢さんに申し訳なかったと反省しています。

こうして4日間の鹿児島滞在が終わり、最終便で帰路につきました。もう何日かが経ちましたが、思い出が溢れています。

中鉢さんという新しいパートナーをはじめ、たくさんの出会い。度肝を抜く本物の演奏から受けた刺激。そして、エレクトーンがこのような場でも役に立ち、受け入れてもらえたこと。失いかけていた自信を取り戻してくれた霧島でした。