印象に残る演奏とは

人は音楽からさまざまな印象を得ます。おそらくよい演奏ほどその印象は強く、聞いた人の心に長く留まるような気がします。

では印象に残る演奏には、どんな違いがあるのでしょうか。そして、印象に残る演奏をするにはどうしたらいいのでしょうか。

一口に印象深いと言っても、伝わるものは多種多様です。圧倒的な華やかさ、胸に沁みる歌ごころ、心躍る楽しさなどなど。

たとえばオペラやミュージカルの全幕を例にとると、全編を通してひとつの作品であり、ストーリーなのですが、その中に、特に強く印象に残る場面というのがあります。

では印象の薄い部分は価値が低いのかというと、そんなことはありません。起承転結、緩急の巧みな流れによって、互いの箇所が支え合っており、クライマックスの大きなうねりは、途中のさざ波なしには十分に迫って来ません。

さらに、オペラでいえば、全員総出演の華やかなシーンよりも、主役がひとりで朗々と、あるいは切々と歌うアリアの方が、強烈な印象を残します。客席全体が息を呑みながら見守る中で響き渡る歌声の神々しさは、トゥッティの大迫力にさえ霞まないのです。

さて、私自身の話ですが、私もコンサートの際には、一曲でも好きになってもらいたいと願いながら、その音楽が持つものを精一杯伝えようと努めています。

たぶん、まずお客様に感じてもらえるのは、私が本気であるということだと思います。プロが本気で舞台にのぞむのは当然といえば当然のことですが、その本気にも「度合い」や「質」という区別が存在するので、「常に最上級の本気」を心掛けています。

その最上級の本気は私に大胆さを与えてくれます。しかし、それだけでは振り回された操り人形のようになって、繊細さを欠いてしまいます。では、どのようにして繊細さと精彩さのバランスを保つのかというヒミツをお伝えしましょう。

オーケストラに例えれば、私の指先は個々の楽団員であり、体幹は指揮者。体では音楽全体を包み込みながら、音楽の流れやうねりを形成し、トータルなコントロールをします。

同時に、指先には微細な指令を送り続けます。感覚的には、指揮者的役割は右脳で(無意識に)、奏者的役割は左脳で(考えながら)担っているような感じですが、正確なことはわかりません。

指揮者的感覚で生み出された大きな音楽のうねりに、おぼれないようにしながら冷静に演奏を続けるには、指先が全体の一部として音楽の中に溶け込んでいることが大切。

そして、一音一音すべてに注意を払い、丁寧で細やかに弾く。大胆さは体が担いますので、指先はむしろ繊細さを醸すのがいいように思います。

近日、エレクトーンコンクールの入賞者たちを見ていると、やはり本気度が高く、その中で繊細なコントロールができている人が次に駒を進めています。

また、先日レッスンを担当させてもらったフリースタイルのおとなは、たいへんユニークなパフォーマンスを織り交ぜた楽しい演奏をしていましたが、これも本気で取り組んでいるからこその説得力がありました。

しっかり練りに練って、決然とした気持ちで本気の演奏をする。そうすれば、きっと聞き手の心に深い印象を届けられると思います。