あと1か月・・・

東京文化会館でのリサイタルまで、あと1か月を切りました。4週間後の今頃には、すでに終演しています。その時どんな気分なのか、まったく想像つきません。もちろん、リサイタル後も大切な演奏会が次々と続きますので、リサイタルで燃え尽きるわけにも失速するわけにもいかないことはちゃんと頭で理解していますが、気持ちの上ではリサイタル後のことは真っ白です。いわば死後の世界という感じ。それはさすがに縁起が悪いので、生まれ変わりとでもいうべきでしょうか。とにかく、今の時間軸の延長にはないという感覚です。

ここのところは稽古、稽古、稽古。いくら挑んでも砕け散るばかりですが、ひたすら挑み続けるしかありません。焦れば雑になりますし、慌てればヘマを塗り重ねて悪いクセになります。着実に平常心で。出来るまで何百万回でも繰り返します。さすがに一小節に何時間も掛かると、努力ではクリアできないかもとか、才能なさすぎとか、そもそも人類には不可能なんじゃないのとか、セルフ副音声が頭を飛び交います。実際、進捗は人間の時間感覚では実感しにくいトロさです。まるで植えた種が芽吹くのを傍で見続けているよう。このまま花が咲くまで、ずっと眺め続けると思うと気が遠くなりますが、いつかは必ず咲くと信じます。

でも、開花期限は1か月以内。気持ちを波に乗せないと、とても間に合いません。窮地にいるには違いありませんが、つくづく自分が幸運だと思うのは、いいタイミングで気持ちに火がつくことです。それも自分で点火するのではなく、周りが点火に余りあるほどの刺激を与えてくれるのです。

先日は、サイ・イエングアンさんの邸を訪ねました。ディナーショーの打ち合わせをと声を掛けてもらったのですが、まだ演奏用データも完成していない段階だったので、外出は控えたいと思ったのが本音。でも、後になればなるほど出かけるのは厳しくなると考え、思い切って出かけました。

結果的には本当に行ってよかった。サイさんとふたりで話す機会って、思えば今までほとんどありませんでした。いつもアーティストとしてのサイさんしか見ていなかったんだと思います。もちろん話題は音楽や演奏会のことですが、サイさんの人間味溢れる優しさに触れられたのは、とても嬉しかったです。その上で、音楽家としての立派な考えや貴重な経験談を聞かせてもらい、おおいに刺激と元気をもらいました。長生館での共演がますます楽しみです。

そして9日にはリサイタルの音響照明スタッフたちと打ち合わせをしました。皆が一度きりのステージのために、あれこれアイデアを出し合い工夫を重ねていくプロセスは、とても刺激的です。私の名を冠した演奏会ではありますが、これはまさしくチームワーク。臨場感のあるナチュラルな音と、音楽と見事に調和する美しい光をお届けできるはずです。期待してください。

他にも、周りの人たちのちょっとした一言にエンジンをふかしてもらい、ぐんぐん調子を上げています。悲しみにどっぷり浸かり、途方にくれる日々もありました。自信を無くしかけ苦しかったのもついこの間のことですが、それらもまた音楽には欠かせない感情です。こうした経験が今から織られて音楽になっていくのだと思います。

まだ、演奏していて気持ちがいいというほど弾けていません。というか、こうじゃないと思いながら弾いている感じ。その中に、ビビッとくる瞬間がたまにあります。それらときめく瞬間がつながれば、ほんとうの音楽になっていくはず。今の私は、広い広い砂浜でときめきという砂つぶをひとつひとつ広い集めているよう。3月11日、客席にお集まりいただいた皆さまに差し上げるために。

チケット、まだあります!