ワインバー セバス at 森下

ワインバー「セバス」がオープンしたのは2010年の12月。場所は都営新宿線と大江戸線が交差する森下駅からすぐの好立地。下町の粋な風情を残しながらも、都心にほど近い新しい居住エリアとして発展している街に、彗星のように現れた話題の店です。

もう20年近く付き合いがあって、兼ねてより目を掛けてきた(ギリギリ)青年が、初めて出した自分の店なので、一日も早く訪ねてやりたかったのですが、今日になってしまいました。

さあ、彼は元気にやっているでしょうか。それとも苦労が顔ににじみ出ているでしょうか。ちょっとドキドキしながら、まだ新しい扉を引きました。

アルバイトも雇わず、すべてを一人でやっていると聞いていたので、相当小ぢんまりとした店なのだろうと想像していました。店先もささやかな設えですが、樽をアクセントにしたデザインは、案外強烈に目を引きますし、ちょっぴり和風テイストも感じられ、地域にもうまく溶け込んでいます。

近所の方々でしょうか、自転車で通りすがる際に、一旦停まって眺める人も少なくありません。

まだ昼の営業が始まったばかりの時間、店内にまだお客の姿はなく、カウンター内で何やら仕込みに勤しんでいるオーナーが、元気に出迎えてくれました。

そこに立っている男は、私が20年近く見てきた人間とは違い、まるで知らない人のようでした。確かにその男なのですが、私はかつて彼がこれほど生き生きとしている顔を見たことがありません。

その男は、一時期、中央林間の「ラパレット」にいたこともありますし、その後はスリースターのグランメゾンや、人気のビストロなど、都心の話題店を数多く経験しています。何を血迷ったのか、老舗料亭に飛び込んだこともありました。

その度に「彼には向かない」と直感しながらも、畑違いの私からは、適切なアドバイスを与えることができず、歯がゆい思いをして来ました。

でも、終始一貫していたのは、類稀なワイン狂だということ。ところが、洗練された技術で一流店のソムリエになるようなタイプではありません。本人は気を悪くするかもしれませんが、気取ったことが似合うキャラではないのです。

「神田さん、しばらくフランス行ってきます」と言って、いきなり飛び出したかと思えば、何ヶ月も帰ってこなかったり。その間、単身で数々のワイナリーを廻り、ワイン造りの現場でそのスピリッツを体感してきたのでしょう。

そして彼なりにワインへの愛情を具現化したのが、今回の「セバス」です。久しぶりに彼の顔を見た瞬間、こいつ、本当に仕事を楽しんでいるなと感じました。私以上かもしれません。

店内は詰めても10席程度のカウンターの他、奥には4名テーブルが1卓だけあります。トイレも清潔で広々していました。

ランチの営業は11:30から。献立は完全な日替わりメニュー。何が出てくるか予測がつきませんし、内容は同じ日でも時間を追う毎に刻々と変化するようです。

今日は、メインディッシュに2種類の料理が用意されていました。魚はブリの蒸し焼き、肉は豚モツのハンバーグ。これにスープ、パン、更にライス、デザート、コーヒーが付きます。

モツバーグに挑戦しようかとも思ったのですが、私の好みを理解しているオーナーがブリを勧めるのでそのようにしました。

まずは自家製のパン。手前のパンには、なんと黒トリュフが練り込んであり、それも単なるお飾りではなく、しっかりトリュフが香ります。数量限定で早い者勝ち。

続いてスープ。今日はかぼちゃです。

そしてメインディッシュのブリ。たっぷりの野菜と一緒にだし汁で。別に昆布だしとバルサミコを合わせたタレも添えられてきました。

ゴハンは白ゴハン、炊き込み、五穀米など、その日によって変わるそうです。雑穀米を使えば女性客に喜ばれるかと思いきや「白いご飯に替えて下さい」と言われることしばしばなので、一応両方準備するようにしたとのこと。オンナゴコロを読むのは相変わらず苦手なようです。

デザートは柿のジェラート。あえてつぶつぶ感を残して、さっぱりと。ジェラートも添えるパイもすべて自家製だそうです。

これにコーヒーが付いて、なんと700円。これで布ナプキンだなんて、本当に素晴らしい。仕込みから調理、途中のサービス、片づけ、すべてを一人でやっていますから、時にはドタバタしてしまうこともあります。今日も、一瞬満席近くなりました。

そうなると、私も何か手伝いたくなってしまい、座っていても落ち着きません。下げものやら片付けくらいならできるのにと思いながらも、余計なことをしてはかえって足手まといだと言い聞かせて見守りました。

夜は18:30頃から24:30頃までと、アバウトな営業時間設定です。あえてワインリストを設けず、ハイエンド商品よりも、自分の感覚で選りすぐったお値打ちワインを中心に揃え、ショットバー感覚で過ごしてもらう狙いです。

料理の品書きはオーナーの手書き。間違っても達筆だとは言えませんが、ざっくりと書かれたメニューには、気取りのなさ以上に誠実さがにじんでいます。そして、なんだか美味しそう。

BGMはずっとボンジョヴィ。これもオーナーが好きだから。店の軽快な雰囲気にもよくマッチしていいと思いました。

知人の店だから甘口なのか。それを完全に否定することはできませんが、ダメな店をよく書くなんて、スーパードライな私には不可能です。

夜の予算は3,000円くらいから。単に居心地がいいだけではありません。この店にピンと来た人は、きっとどっぷりハマってしまうはずです。ぜひ一度相性を試してみてはいかがでしょうか。

セバス:江東区森下1-14-7(森下駅A-4出口徒歩1分)