上海銀行15周年 神田将演奏会 in 上海

私にとって2010年を締めくくる演奏会が上海で開催されました。

前夜に行われた会場仕込みは、なんと日付を超えて午前5時まで続けられたそうです。

音響機材も映像機材もすべてが持ち込みである上に、組み立て作業中に不都合が生じ、そのために一から組み直すことを繰り返したのだとか。私がのんびり休んでいる間にも、会場内ではスタッフの格闘が続き、上海の夜は空けていったのでした。

私はいつも通りに過ごし、コンサートに向けて自分自身のチューニングを進めていきます。それから私を担当しているスタッフと合流して昼食をとり、その足で会場入り。ホール内は、昨日の混沌が嘘のように、見事に整っています。これぞ、チャイナマジック。

午後1時から1時間は、途中でゲスト出演する弦楽四重奏団と歌手のリハーサルが予定されていたのですが、肝心な演奏者たちは時間を過ぎても現れません。そのため、午後2時からとなっていた私のリハーサルが繰り上げられました。

今回もまた、舞台後方に組み上げられた大型LEDディスプレイに様々な映像が流される演出がありますが、演奏中の画像を私自身が知っておく方が安心ですし、演出側も私の演奏をフルサイズで聞いてタイミングなどをつかんでおく必要があるため、すべての曲を本番通りの順番で演奏していきました。

ざっと一通り演奏して私のリハーサルは終わり。25日以来、楽器に触れていなかったので、もう少しブラッシュアップしたい気もしましたが、ちょうど弦楽や歌手が到着したので、彼らにステージを譲ることにしました。

そうこうしているうちに開場時間が迫って来ましたが、最後に、司会者を含めてスタートの段取りをもう一度確認しておくことになりました。

さあ、いよいよコンサートの開演です。今回は上海銀行の創立15周年を記念したコンサート。お客様は、上海銀行の7,000人を超える従業員の一部と、銀行が招待した大切なお客様や政府のVIPです。

私は舞台が暗転して、司会者にだけスポットが当たったら登場し、演奏準備をして待つという段取りになっていたのですが、舞台は暗くならないし、誰もキューを出してくれません。ちょっと不安に思いつつも、私が出ないことには始まりませんので、ステージへと向かいました。

その後も、打ち合わせた段取りとはまったく違う展開が続き、どんどん不安が募ります。司会者は中国語だけで話していますし、ステージで聞く音声は客席からの反射音なので、私の語学力ではほとんど聞き取れません。

もし、紹介している曲と私が演奏する曲とが一致しなかったら・・・と気になってしまいましたが、そうなったら誰かが気付いてくれるだろうと信じるしかありません。

客席には1000人近いお客様が集まり、私の演奏や振舞いに注目していますが、1曲目でどんな反応をしてくれるのか、それでその先の舵取りを決めていくことになります。

ところが、それ以前に集中力を削がれることが多くあり過ぎました。一番の問題は、エレクトーン用のモニターもフロントのPAスピーカーも、リハーサル時とは異なる設定になっており、十分な音量が出せなかったことです。

私は音量はほどほどが好みなのですが、あまりに抑えてしまってはインパクトを失ってしまいます。今回は、1曲目でエレクトーンのパワーを感じてもらうつもりだったのに、明らかにその目標を達成できませんでした。

照明が明るすぎることや、どうしても視界に入ってしまうディスプレイ画像の動きにも、気を散らされました。

加えて、お客様の反応もいまひとつ冷ややかに感じられました。これは私の被害妄想です。お客様は優れた作品を鑑賞するには、行儀よく冷静でいるのが相応しいと考えているのだと思います。なのに、私はナーバスになって、音楽の世界に踏み込めない状態が数曲続きました。

同時に、私の心の中では、このまま芸術をやっていいのか、それとも多少派手なパフォーマンスで聞き手を煽りたてる方がいいのか、大きく迷っていました。

ある曲を終えて客席に向かって礼をした際、前から2列目に座っているひとりの老婦人と目が合ったのですが、彼女の目が、そのまま芸術をやり抜きなさいと私に語っているように感じてハッとした次の瞬間、私の心は決まりました。

この照明も、映像も、音楽を引き立てるために、多くの人々が努力をして添えてくれたもの。多少不都合だとしても、彼らの気持ちは私の支えに他ならず、私がここでうろたえてどうするのか。

周囲の波が大きいからと言って、それに押し流されるなんて。波があるなら、乗ればいい。そう決意したら、急に冴えて来ました。

ステージ脇では、現に私の演奏を多くの人が見守ってくれています。彼らには一音も奏でることはできず、私の一音が輝くよう支えることに全力を注いでいるのです。

ゲストタイムと休憩をはさんで第2部がスタートしました。もう私は余計なことは考えず、ここが上海であることも忘れ、大好きな曲を大好きな楽器で弾きまくりました。

スクリーンには、イメージ画像に加え、4台のカメラでとらえた演奏中の私の表情や手足のアップがオーバーラップします。

エレクトーンのサイドに置かれた大きなフラワーアレンジメントからは、カサブランカの甘い香りが漂って、夢の世界にいるような気分でした。

1曲ごとに気持ちをリセットし、それぞれの世界を紡ぎ出します。

今回のプログラムは、最後から2曲目に演奏するラフマニノフの「交響的舞曲第3楽章」が山場になるように組みましたが、よく知られた曲が好まれるシチュエーションに、いささか難解な曲をピークに持ってくるのは冒険でした。

ところが、お客様の反応は上々。楽しいばかりのプログラムでなくても、精一杯に演奏すれば必ず通じるのだと、ここでも実感することができました。

すべてのプログラムを終えたところで、思わぬサプライズが。なんと客席で全曲をしっかり聞いてくれた男の子ふたりが、花束贈呈役として登場してくれたのです。

司会者に「神田さんのこと好き?」と尋ねられ、はじらいながら「好き」と答えてくれたのですが、そこで場の雰囲気は一気に和みました。そして、いつものスマイルでステージを後にしました。

終演後は、中国料理店でレセプションがありました。上海銀行頭取、中国上海国際芸術祭の総裁や、スタッフや日本から駆けつけてくれた友人も加わり、賑やかなひと時となりました。

今回も芸術祭より記念のプレートをいただきました。

今年最後のコンサートは、楽な展開ではありませんでしたが、様々なことに改めて気付かされ、スポーツに例えれば「いい試合」でした。このような「アウェー」の環境で演奏して初めて、日頃ファンの皆さまに囲まれて演奏することの心地よさも浮き彫りになりました。

今回のみならず、2010年のすべての演奏会から、私は計り知れないものを得ることができました。それらはどれもファンの皆さまやスタッフたちが与えてくれたものです。2011年もその糧をいかし、よりよい演奏を目指してまいります。