ふたたび宇部へ

霧島国際音楽祭の後は、演奏会で皆さまの前に出る機会がなく、もっぱらこの秋から来夏の演奏会に向けた準備をコツコツと進める毎日。たいへん光栄なことに、半端な気持ちで手を付けるわけにはいかない大きな作品に挑む機会を複数いただき、最初は喜び勇んでいたところが、すでに怖気づいて鼓動が不安定な今日この頃です。

その恐怖を和らげてくれているのが、9月14日の宇部公演。ソロは得意な作品ばかり、他は歌手や合唱団とのミュージカル名曲と、思い浮かべるだけでもワクワクするステージが、なんとも素晴らしい仕上がりになり、本番への期待がますます膨らんおります。これが終われば確実に地獄の訓練突入ですので、今のうちにせいぜい人生を謳歌しようと思いつつ、今月2度目の宇部稽古に出かけてきました。

この稽古は当初予定されていませんでした。8月初旬に本番会場での稽古があり、その直後には東京でのソリスト稽古があり、世話係の私には全体像が見えていたのですが、唯一実現できていなかったのが、中井智彦と合唱団の対面でした。

ソリスト稽古が終わり、佐藤と中井と美人マネを招いた食事の席で、「合唱団は最高の努力をして、確実に仕上がってきているけれど、どうしても芝居魂が見えてこない。そこに火をつけるには音楽しか能のない私ではダメなんだ」と中井に白状すると、美人マネは即座にスケジュールをぴらぴらとめくって空き日を確認。「21日なら動けそうです」と美人マネ。「皆さんに会いたいですね」と中井。佐藤がすぐに事務局に連絡をして、追加の稽古日と会場を調えてもらい、夢の稽古が実現する運びとなりました。

私は羽田から早朝便で。中井は博多座から新幹線で午後から合流。稽古場は宇部市の歴史建築のひとつ、村野藤吾設計によるヒストリア宇部が用意されました。午前中は佐藤とふたりで、ソロで歌う曲の特訓を。ふたりにはもったいないような落ち着いた空間で、充実した稽古ができました。

午後からはメインホールに場所を移し、いよいよ全体での稽古です。平日の午後、しかも急に決まった稽古ですから、参加可能な合唱団員は少ないだろうと思っていたのですが、なんとか調整して多くの団員が駆けつけてくれました。どうにも参加できなかった団員に伝えるためにも、皆さんいつも以上に冴えた表情をしています。

そこに中井が到着。団員たちの熱狂ぶりといったら(特に女性)。私には無縁の空気感に圧倒されつつも、いいタイミングで対面が実現してよかったと思いました。限られた時間を無駄にしないために、すぐに稽古開始。まずは佐藤がソリストを務めるところを聞いた後、団員とコミュニケーションを取るスタイルでアドバイスを重ねていく中井。指示するのではなく、一緒に考えて答えを出していく手腕は見事です。

アドバイスにより変化していくのを団員も実感していたのでしょう。表情は輝き、声の艶もよく、見応え聞き応えが増大していきました。

今度は中井が合唱団の中でソロを歌うシーン。その存在感のある歌声に圧倒されつつ、一緒にステージに立つ歓びを実感したはずです。180分の稽古はあっという間でした。いい汗かいて、本番への意欲が一層高まったことでしょう。

たった1度の中井の登場が、このような劇的な効果を発揮できたのは、佐藤の日頃の導きがあったからに他なりません。私が書いた楽譜は、アマチュアの皆さんには難しいと不評ですので、それをまとめていくだけでも相当の根気が必要です。こんなの歌えるようになるんだろうか、歌いながら動くなんて無理かも、という団員の心配をも一手に引き受け、ここまで到達させた功績は本当に素晴らしいと思います。

皆が音楽で輝いている。佐藤も中井も団員も、一緒になって汗を光らせ、よりよいステージのために尽くしている。私もその輪にどっぷり入ったら楽しいだろうけれど、誰かが俯瞰していなければなりませんので、立つべきポジションを常に意識しています。お集まりくださるお客様と参加する出演者やスタッフのために、そして何より素晴らしい作品のために。