西郷さんファミリーコンサート

先週、霧島神宮かがり火コンサートを終えて帰京し、ずっと籠りきりで準備に励むこと5日間。食事は乾いたものを立ったまま、睡眠は限界がきたら15分だけのサイクルを繰り返し。これでは身が持たないと思いきや、次第に仕上がりが見えてくると、苦しい中にも喜びが沸き上がってきて、弾くのが楽しくなるから不思議です。

とはいえ、準備はギリギリ。演奏曲20作品のうち、スコアどころかメロディ譜もないものが多く、ほとんどを音源からの聞き取りで再現。ふつうの管弦楽作品なら聞き取りも得意ですが、それでも手間は掛かります。今回は特殊な打楽器や民族楽器を使用したものもあり、聞き取りに2ヶ月掛かりました。

総譜を書いたのちに、エレクトーン用に集約する編曲を施し、それから音色の組み合わせデータや、リズムセクションのプログラミングをします。実際、弾く練習に使えるのは2日間のみ。時間配分で考えると、弾き始めるまでの準備が97%で、演奏稽古は3%。

ここが他のクラシック演奏家との最大の差です。特殊なケースはあるにせよ、楽譜が普及している楽器ならば、どんなに難曲であろうと楽譜を手にすればすぐに稽古を始められ、100%演奏に集中できますので、演奏クオリティの面でエレクトーンは大きなハンデを背負っているのです。

霧島国際音楽祭の出演者は、スポーツに例えれば全員が金メダリスト。彼らが飛び込んだプールに、まもなくゴールというタイミングで遅れて飛び込んで追い付くなど、どう考えても不可能。でも、私はそこに真剣に挑んでいます。

鹿児島行きの飛行機に飛び乗り、空港で落ち合ったのは、共演の加羽沢美濃さん。数々のメディアで著名ですが、お会いするのは初めて。市内への車中では親しく会話が弾み、演奏会への緊張もだいぶほぐれました。

そして、ホテルでは富貴晴美さんと合流。今をときめく超売れっ子作曲家なのに、少しも気取ったところがなく、回りの人を明るい気持ちにしてくれる人です。これも引く手あまたの理由のひとつかもしれません。

こうして出演者が揃い、公演責任者の招きで、鹿児島ならではの料理が楽しめる店で、打ち合わせという名目の懇親会を。加羽沢さんや富貴さんと楽しく会話しているうちに、これはよい演奏会になるに違いないと確信しました。

そして、演奏会当日。私は朝一番で会場入りし、ステージの仕込み。大ベテランのステージマネージャーが付いているので安心。楽器やスピーカーの位置を整え照明が決まると、リハーサルです。

まずは、朝からの演奏会をひとつ終えた加羽沢さんとふたりで前半のランスルー。客席中央には富貴さんや公演責任者が構えていて、さながらオーディションの気分。本番はもちろんですが、この瞬間も極めて重要です。なにしろ、関係者の皆さんがここでエレクトーンの価値を見定めるのですから。

私は本番同様に思いきり弾きました。富貴さんがエレクトーンの背後に立ち、いったいどうなってるの?と興味深げに見てくれることも。嬉しいです。

第2部は富貴さんもステージに加わり、加羽沢さんとのトークで、西郷どん作曲秘話や聞きどころの解説を。私もそれをしっかりと聞いて演奏に取り入れていきます。

最初は緊張しました。生きている作曲家が至近距離で聞いている環境で演奏するのですから。でも、一曲ごとに富貴さんご自身が、そして加羽沢さんも一緒に、惜しみない拍手をしてくれたので、私の気持ちに弾みがつきました。

リハーサルにしては手抜きなくきちんと弾いて、作曲家と責任者の第一審査は通過。いよいよ本番です。私は開演時間を勘違いしていて、予定が30分狂ってしまいましたが、大丈夫。

定刻どおりに開演し、暗転の中、エレクトーンにスタンバイ。演奏が先行して照明が点く流れです。暗転だと、本当に真っ暗で鍵盤が見えません。一番下の黒鍵から順番にたどって位置を確認。足鍵盤も同様です。オープニングで違う調から始めたらたいへんですから。正しく弾き始め、明るくなった時はホッとしました。

第1部前半は、大河ドラマのメインテーマを6曲。いずれも西郷隆盛が登場する作品です。大河ドラマのテーマ曲はどれも2分50秒。そこに主人公の生きざまが刻まれていて、走馬灯のように弾くわけですが、どれも濃密で重さがある作品ばかりですから、とても消耗します。わずか20分で6人の偉人の人生をたどる中、一瞬たりとも気を抜いたりできません。

後半は西郷さんの生きた時代のクラシック音楽をご紹介するコーナー。加羽沢さんのビアノソロでシューベルトのアヴェマリアとベートーヴェンメドレーを。リハーサルで聞いたときもステキな編曲だなと思っていたのですが、本番は全然違うイントロで始まったので驚きました。次第に演奏が進むにつれ、即興演奏をしていることに気づいて、更に驚き!

多くのお客様の前で、その時の気分で自由に表現できるって素晴らしいです。いろいろなアイデアや感性が詰まった演奏に触れながら、同じものは二度と聞けないと思うと、その音に一層耳が引き寄せられました。

続いて加羽沢さんと私のアンサンブルで白鳥の湖「情景」。加羽沢さんに急遽ハープのパートをお願いしたのですが、これが大成功。気持ちのいいアンサンブルになりました。最後はエレクトーン独奏で美しく青きドナウを。大河でがっつり弾いた後のシュトラウスは、本当に優雅です。

休憩をはさんで皆さまお待ちかねの第2部。西郷どんメインテーマでスタートです。会場がおおいに盛り上がったところに富貴晴美さんの登場!流暢な鹿児島言葉で挨拶。私には何を言っているのかさっぱりわかりませんでしたが、会場は大ウケです。

加羽沢さんのナビゲーションもさすが。テレビ番組を見ているようなスムーズさ。富貴さんの受け応えも絶妙で、ふたりとも本当に頭がいいんだと実感しました。特段の打ち合わせもしていないのを知っているだけに感服です。

私はトークの合間に、ドラマで使われている10作品を演奏。富貴さんの解説の後で弾くので、お客様は想像が大きく膨らんだことと思います。曲が終わる度に、富貴さんが「ユキどん、すごかぁ〜」って盛り上げてくれ、演奏がどんどん波に乗っていくのがわかりました。

とっくに体力も集中力も限界を超えているのに、タフで聡明な女性ふたりと、公演を心底楽しんでいるお客様に背中を押され、よい演奏をすることができました。リハーサルでもマキシマムで弾いたつもりが、本番はパワー150%。

私がここまで敢闘できたのは、期待と評価のおかげです。演奏にあたり、自尊心がどれほど大切かを、身をもって体験しました。

プロの世界、ベストを尽くすのは当たり前ですし、いちいちお互いを誉めごろすのも好みではありませんが、評価されて然るべきところをきちんと言葉で認めてもらえれば、駒を先へ進める意味でも効果絶大です。

世界の強者揃いの霧島国際音楽祭、今年は8月5日まで、まだまだ見逃せない公演が続きます。そして、来年はいよいよ40周年!このような歴史と品格のある催しに、ほんのわずかでも関われることを、エレクトーン奏者として心から誇りに思います。