ピンチヒッター

当初11月下旬は演奏会の予定がなかったのですが、ピンチヒッターとしてふたつの演奏会に出演しました。どちらも短い演奏時間ながらとても魅力的な演目で、急遽仲間に入れてもらったにもかかわらず、気持ちよく迎え入れられ、無事に役目を果たすことができました。

ひとつ目は11月21日開催の、日中友好音楽の絆。邦楽、中国器楽、合唱など、多くの出演者がユニークなアンサンブルを披露するガラコンサートの中で、私はサイ・イエングアンさんが歌うオペラアリア3曲のお供を担当しました。

会場の関内ホールは改装されたばかりで、ホールも楽屋もピッカピカ。そしてエレクトーンもまっさらの新品です。早く音を鳴らしたくて一番乗りしましたが、エレクトーンのセッティングまでは3時間あるとのことで、それまで客席でほかの出し物のリハーサルを聞いて過ごしました。

この日のガラコンサートは、舞台転換が多く、段取りが複雑。それをテキパキと仕切っていくのは、舞台監督です。事前にプランが練ってあっても、現場で次々と変更が生じ、見るからにたいへんそう。それでも前向きにきちんと対応している様子には頭が下がりますし、私はなるべく面倒かけないようにしなければと思いました。

押せ押せでいよいよエレクトーンの出番。セッティングしてサウンドチェックを済ませてから歌手を呼びに行くというのが通常の手順ですが、この日はセッティングより先に歌手がステージに登場。与えられた時間も限られていたので、とりあえずの見切り発車でリハーサルです。

これはかなりストレスでした。響きもつかめてないし、とりあえず音が出ているだけで、設定もばらばら。サイさんも私もお互いが聞こえにくい中で、探り合う感じになってしまいましたが、タイムアップ。こんなリハーサルなのに本番よろしくねと上がらせてもらえるなんて、本当に信頼してくれているんだなと感じました。

コンサートは多くのお客様をお迎えして開演。日中伝統楽器それぞれのソロ、意欲的な編曲が施された中に響きあうアンサンブルが繰り広げられ、日中の友好と、この日音楽を通じて出会えたお客様との繋がりが、巧みに表現されていました。

第2部ではサイ・イエングアンさんが登場。王銀鈴さんのピアノとともに、中国歌曲と日本歌曲を披露。続いてエレクトーンとのオペラアリア。朝岡聡さんの解説によりオペラの背景が描かれた後、サイさんが気品たっぷりに登場。位置について準備が整うと、サイさんが伏し目でGOサイン。この瞬間がとても好きです。

そのあとは本当にあっという間でした。演奏中は客席の雰囲気ががらりと変わり、クラシックコンサートらしい空気に。チラシに掲載がなく、エレクトーンの登場を開演まで知らなかったお客様がほとんどだったので、ちょっとしたサプライズにもなりました。

また、ご案内がギリギリだったこともあって、私がまったくお客様をお呼びできなかったのですが、音楽仲間が応援に駆けつけてくれたことで、貴重な客観的感想を聞くことができ、大きなヒントが得られました。

オペラ演出家のミヒャエル・ハンペ先生にも、久しぶりに演奏を聞いていただき、オーケストラの個々の楽器が鮮明に聞こえてくるが、その指先をいくら目で追っても不思議でならないとの言葉をもらえて嬉しかったです。

そしてもうひとつのピンチヒッターは、商店街での第九。姫路を音楽で盛り上げるイベント「姫音祭」の記念すべき第1回に、姫路労音合唱団の有志が参加するというので、その応援に駆けつけました。

さほど情報も得ないまま姫路に向かい、現場に着いてびっくり。合唱団に割り当てられた演奏会場は、なんと商店街の一角。使われていない店舗の前に、赤い毛氈を敷いただけの簡易スペースで、とても合唱団50人が並べる広さがありません。でも、これは面白くなると直感。寄席に続いて、商店街で第九デビューできるとは、楽しいじゃありませんか。

リハーサルもなく、いきなりの本番は、道行く人を横目に華々しいアナウンスで開幕。エレクトーンデモンストレーターの大西麻美さんが、よく知られた曲をとびきりの笑顔で演奏し始めると、次々に人が集まり、コーヒー片手ににリズムを取ったり、目を丸くして見入ったりと、その反応を見ているのも楽しかったです。

第九の順番が来て、私服の合唱団がぞろぞろと並ぶと、今度は何事だと人々の関心もいよいよ高まります。合唱団が並びきれず、エレクトーンをちょっと前に移動。指揮者は、ゴミ箱をずらして立ち位置を確保という即席感が、これまたいい味を醸してます。

準備が整うと、例の強烈な不協和音が商店街に轟き、何も知らずに集まった人々の度肝を抜きました。そこに合唱が高らかに加わり、休日の商店街にベートーヴェンが響き渡ったのです。持ち時間10分。ソリストなしでの抜粋で演奏しましたが、その演奏効果は絶大でした。

アーケードの屋根がほどよく音を反射し、屋外にしてはまとまりのある響きに。当然、街のノイズがふつうに存在する環境ですので、集中を阻害される覚悟を決めていたのですが、それもあんがい気にならず。場所を選ばず、簡易的な準備ですぐに演奏可能という、エレクトーン最大の強みを発揮でき、とてもいい経験となりました。

終演後は加東市に移動。6月にミュージカルコンサートでお世話になった松本昌子さんと、最近注目している中井智彦さん、テオクソンさんのステージを、姫路の皆さんと一緒に鑑賞しました。華やかでドラマチックなステージを見ていたら、どんどんイメージが湧いてきて、新しいコンサートを企画したくなりました。

このほかにも、11月はほとんど毎日のようにいろいろな演奏会や展覧会に出かけ、アートのシャワーを浴びまくりました。それぞれに作品を通じて伝えたいメッセージがあり、ディテールまで思い入れが染み渡り、それが溢れて胸を射抜き、心に何かを刻んで行く。これは双方にとって素晴らしい体験であり、誰の人生にも欠かせないものだと思わずにはいられません。