失意からの復活

3月の上海。開心果でのライブまでは順調だったものの、その後は悪夢としかいいようのない毎日でした。10日間の滞在を終えて単身帰国したのは47歳の誕生日。もう罪悪感しか残っておらず、当然、二度と演奏会に出ることはないと思っていたのです。

それからしばらくは壁の一点だけを見つめて過ごしながら心が癒えるのを待ったのですが、何とか気持ちを立て直して楽器に向かってみても、上海での経験が甦り、体が震えて吐いてしまうというありさまから抜けられず。そうこうしているうちに、目前に迫る再度の上海公演。これには膨大な準備が必要で、そのためのタイムリミットは過ぎてしまっていました。仮に当日までに回復したとしても、予定されているプログラムは不可能ですし、それ以前にとても演奏できる状態ではなく・・・。

それでも、私の周りで支えてくれる人たちは諦めませんでした。何をしていいかわからないながらに、満身創痍の私を再び舞台へと向かわせるために、とにかく動いてくれました。

しかし、編曲や演奏に関しては、他の誰かが代わりを務めることができません。私は歯を食いしばって記憶を封印し、一心不乱に準備をスタート。4日間で中国の琵琶協奏曲やダフニスとクロエ第2組曲を含む、全プログラムの編曲と演奏を仕上げ、再度単身上海へと向かったのです。

上海では趙磊と湯暁風が待ち構えてくれ、学生のアパートで2日間びっしりのリハーサルを。そして迎えた文化広場コンサート当日。エレクトーンと中国伝統楽器とのコラボレーションに期待を寄せてくれる多くの音楽ファンのために、精一杯のことをやりました。

とにかく前を向いて、今この瞬間にすべてを注いで。でも、リハーサル中も本番中もストレスマックスの環境が続きます。

中国のコンサートでは、音響に苦労します。繊細に音を作り込むという感覚がなく、とにかく音が大きければいいとされてしまいます。それにも増して気が散るのは、本番中でも、照明機材の作動音などさまざまな雑音に悩まされることです。

今回もそんな状態でしたが、この環境の中で可能な限りの音楽表現をと、3人で最大限の努力をしました。

これほど素晴らしいホールなのですから、本来ならもっと完成度の高いコンサートが可能なはず。そう思うと悔しさが残りますが、いつかそれを証明する機会を持ちたいものです。

終演後は、私の家族や後援会の皆さんと一緒に、老吉士レストランへ。あれ?以前はとっても美味しい料理を出す店だったのに、どうしちゃったの?という感じでしたけど、久しぶりに笑顔が戻ったひとときでした。

帰国すると、日本ではすでに新しいエレクトーンが発売されていました。10年ぶりのモデルチェンジです。このニューモデルを使ってのコンサートまで、残るは2週間。実質、稽古と準備に使えるのは7日間のみです。

じゅうぶんな時間がないので、あまり大がかりな手直しはできないだろうと思っていたのですが、弾けば弾くほど欲が出て、結局かなり手を加えることになりました。

私が表現したいのはあくまで音楽の本質であって、エレクトーンの新機能ではありませんので、音楽表現に効果的な部分にしか魅力を感じないのですが、今回のモデルでは表現力が劇的に向上したため、本当に気持ちよく弾くことができます。

そして迎えた山陽道労音の3公演。まずは姫路からスタート。会場に着くなり、メンバーたちの歌声で歓迎。楽屋の前には横断幕も。本当に陽気で熱意ある皆さんです。

楽屋で一休みする間もなくステージへ向かい、すぐにセッティング。この日用意されたエレクトーンは、文化堂さんに納品された新品です。真新しい鍵盤は、グリップが効いて、とても弾きやすいです。

コンサート会場でニューモデルの音を出すのは今回が初めて。どんな響きなのか、スタジオで想定していた音とギャップがないか、一音ずつ丁寧に確認しながらリハーサルを進めます。

微調整を繰り返し、開場時間までにはなんとかアップ。楽屋で着替えて、あっという間に本番。リハーサルと本番とでも、響きに大きな差がありますので、初日は慎重に弾きました。とても積極的で、投げかけたものにダイレクトに反応してくれる優秀なお客様。いいコンサートでした。

翌日は三木へ。素晴らしい青空と、新鮮な空気。思い切り深呼吸してから楽屋へ。三木の文化会館は、今回の3公演の中で最もコンサート向きの空間。容積が大きく、ナチュラルな響きが得られます。前日に学習したことを活かして、更に一歩進んだ演奏へ。

3日目は宇部へと移動。古い建物で音響反射板もなく、あまりコンサート向きではない空間ですが、スタッフの方々がとても親切で、少しでもよい環境でと努力してくれました。

終演後は主催者メンバーたちと交流会があり、皆さんからの生の感想を聞いたり、質問を受けたりと、和やかなひとときでした。同じ労音グループの3公演でしたが、それぞれに個性たっぷり。でも、共通しているのは、皆さん生の公演が大好きで、力を合わせて支え合っているところ。共感するところが多く、これからも縁を大切にしていこうと思います。

宇部公演を終えて、すぐに空港へ向かい東京へ。1ヶ月前に上海からの帰路で見た風景とは違い、そこには希望が見えました。気がつけば完全復活。たくさんの励ましと、新しい相棒のELS-02シリーズ。私の魂に火を点けてくれるものたちに感謝!