マスク オブ ソロ

夜明け前の鹿児島湾。定刻通りに発車したきりしま2号の車内からの風景です。死ぬほど眠たいのに、こんなに美しいものを目の前にしては眠れません。他に誰も乗っていない車両に揺られながら、すっかり明るくなるまで、景色を見つめていました。

佐賀から戻ったのは、この2日前。長崎から羽田への飛行機は遅れに遅れ、東京に着いたのは米津さんの終電があぶないかもというほどの時間でした。再会の約束もじゅうぶんな労いもできないまま別れてしまいましたが、いつ会ってもすぐに音楽で融け合うことができるでしょう。

私も急いで帰宅し、まずは次の旅に向けて、荷物の入れ替えを。汗でしわになったスーツだけが、演奏会の余韻を生々しく残しています。体がしびれるほどの疲労感。でも、日中全身を駆け巡ったアドレナリンが、いつまでも眠らせてくれません。

朝になり、第九の稽古をスタート。アンサンブルツアー中も少しずつ弾いていたのですが、以前の調子まで戻すには、まだまだ時間が必要です。でも、私が目指すのは、以前とは明らかに違うと感じてもらえるレベルの進化。道は遠そうです。

同時にソロのレパートリーも弾いておかなければ。疲れたなどと言っている場合ではないのですが、満足できる出来栄えどころか、以前のレベルもあやしいままに、稽古時間が尽きました。第九リハーサルのため、山口県周南市に出発です。

今回は久しぶりにエージェントIZUが同行するので、少々気楽です。山口宇部空港には、いつも応援してくれる人たちが迎えに来てくれているはず。演奏だけに集中させてもらえるのは、何よりありがたいことです。

予定通りに周南に着き、まずはエレガントな雰囲気のカフェウィーンで顔合わせの会。いきなり稽古場で「初めまして」よりは、1杯のコーヒーと共に会話をしておけば、よりスムーズに事が進むに違いありません。

そしていよいよ練習会場へ。すでにエレクトーンが用意され、あとは弾くだけです。とりあえず、指揮者やソリストと合唱以外の部分を稽古しました。その間に合唱団員が集まり始め、客席は次第に賑やかに。

今回の合唱はなんと約150名。短期間でよく集まってくれたものです。初めて歌う方も多いとか。それでも大歓迎。とにかく皆で気持ちよく高らかに歌って、周南市の10周年をお祝いしようというのが趣旨です。

実際に全員での稽古が始まってみると、ひとりでの練習ではきちんと出来ていたのに、思うように出来ない部分があまりに多いことに驚きました。まだまだ詰めが甘いということです。環境にも慣れなければなりません。課題山積ですが、23日の本番までにはすべて解決します。

稽古が終わるや否や、私は最終の新幹線で鹿児島中央に向かいました。車内では早速第九のスコアを取りだして、もう一度じっくりと読みなおし。なぜだか、だんだんと不安になってしまいました。

鹿児島中央駅に着いたのも、ずいぶんと遅い時間。駅前は、すべての店が閉まっています。ホテルにチェックインし、バスタブに熱い湯を張って、またまたスコアを持ち込んで、読みふけります。結局ほとんど眠れず。

そして早朝のきりしま号で都城へ。6月に台風で延期になったコンサートの振り替えです。午前中の小学校に着くと、校舎の裏には爽やかな風景が広がっていました。


胸一杯、何度も深呼吸をして、新鮮な空気を全身に送りこみます。ちょっと涼しいけれど、最高の青空。みるみる気合いがよみがえってきました。美しい花々もたくさん。




すっかりリフレッシュしてリハーサルを開始したものの、なんとなく違和感が。佐賀4人組み、第九160人組みと、しばらく続いたアンサンブルの気分から、ソロのチャンネルへとシフトしなければならないのですが、どうもソロの仮面がしっくりとハマりません。たとえるなら、ジャンボジェットの操縦から、戦闘機にチェンジするような感じでしょうか。

更に本番では、ソロの恐ろしさを久しぶりに痛感しました。何かをやらかしたわけではありません。ただ、誰の助けもなく、演奏もお話しもすべてを受け持つのは、本当に大変なことだと改めて実感したのです。

午後は中学校。通常は遅くとも開場時間までにはプログラムを決定しますが、今回はあえて何も決めずにスタートしました。一瞬ごとに感じるがままに、その時弾きたい曲を弾くことに。話の内容も、その時次第。それは子どもたち次第であることを意味します。

子どもたちが意図的に何かを提示するわけではなくても、これはインタラクティブな試みでした。1年以上弾かなかった曲を、急に弾く気になったのも、ほかならぬここの子どもたちの影響です。今回も子どもたちにいろいろなことを教えてもらい、とても貴重な経験ができました。

エージェントとは都城駅で別れ、私はひとり宮崎空港へ。ああ、シーガイアが呼んでいる。最終便をキャンセルしちゃおうかとギリギリまで悩みましたが、急いで帰って稽古に励むことに。その前に、ちょっぴりハードなスケジュールのご褒美として宮崎牛ステーキを味わって。


第九の他にソロもお楽しみいただける第九コンサート(周南市)は11月23日、展覧会の絵やワーグナーなど、東京初演作品が目白押しのラ・パレット アニバーサリーコンサートは11月28日。どちらもまだ間に合います。ぜひご来場下さい!