神田将30周年リサイタルご報告

5月3日、東京文化会館小ホールにて、神田将30周年リサイタルを開催しました。ご来場の皆さまに心より感謝いたしますとともに、長きに渡り応援してくださっている各地の方々にも、厚く御礼申しあげます。

前日にご案内した通り、今回の開催は非常に厳しいものでした。演目を現在の体力で演奏可能な内容に急遽調整して臨みましたが、果たして終曲まで務められるのか、確かな自信を持つことはできませんでした。

とにもかくにも本番最優先ということで、体力温存のための面会謝絶令が敷かれ、いつにない緊張の中で準備が進められました。スタッフとは、いつもなら和気藹々と談笑しながら公演のお祭り気分を楽しむのですが、この日ばかりは接触なし。でも、皆がリサイタル開催のために思いを寄せながら仕事で応援してくれていることがわかり、私は楽屋で胸を熱くしながら待機。「開演5分前です」のコールで舞台袖へと進みます。

客席は賑わっていました。コロナの頃は不穏なほどに静かでしたから、開演前から盛り上がっているという雰囲気は、懐かしくもあり、力強いエールのようでもあり、血の気が引くほどの緊張感から一気に解放されました。

照明が変わり、舞台へと進みます。本番には多少なりとも他所行きの気合いが入るものですが、もう隠すことも気取ることもないと覚悟して、駅で待ち合わせた友人と会うような心地でした。

一方で、演奏を完走するには、最後の一音まで集中力を持続しなければなりません。自分の神経を完全にコントロールすることが難しい状況では、体が突発的に意図しない反応をすることがあって、それは演奏に致命的なダメージを与えますし、ふだんなら決して起こらないことに対処し続ければ、集中力をいつも以上に消費することになります。

不測の事態は1曲目から襲って来ました。トリプルアクセルで転倒するなら惜しいとも言えますが、何ということのない平面滑走で躓くとは。やはりここへ出てくるべきでなかったのか。いや、気にするな、波を掴めば乗れるはず。あ、まただ、いったい何をしているのか。延々とそんなことを繰り返して、気がつけば第1部が終わっていました。

楽屋に戻ると、フグにやられたみたいに身体中が痺れていて、もう後半は無理かなと諦めかけましたが、あと5曲、好きな作品をたった5曲弾くだけだと自分を鼓舞して第2部へ。

体力温存の効果が出たのは、むしろ第2部でした。もうすべてを使い果たせばいい。第3部はないのだから。実は、激しい曲よりも抑制が鍵となる曲の方がコントロールが難しく、第2部の間3曲を最も心配していたのですが、思いの外、体が付いてきてくれましたし、終曲も細かいところはダメながら、雑に流すことなく喰らいつけたかなと思います。

アンコールは尊敬するエレクトーンの第一人者である小熊達弥先生による往年の名アレンジの記憶を頼りに再構築した「ひまわり」を。小熊先生に直接聞いていただくことができ、感無量でした。

こうしてギリギリ完走したリサイタル。見届けてくださったお客様全員と抱き合って、感謝と鼓動を伝えたい気持ちでしたが、夜逃げのように会場を去り、それから安静を保っています。

天井を見上げながら振り返れば、傷や悔いに気持ちが引き寄せられますが、それを乗り越える勇気を与えてくれるのは、私の大切なお客様。私は本当に幸せ者です。

今になって、予定通りシンフォニーを披露できたのではないかという考えもふとよぎりますが、やはりそれは難しかったように思います。長時間の途切れない集中は無理だったと感じますし、作品の中で曲調や勢い感が絶えず変化するものを演奏するには、自分の体を制御しきれていませんでしたので、開催にあたっての演目変更は不可欠でした。

急なわがままにご理解いただきまして、ありがとうございました。

今回、もし途中で降板することがあれば、再起は望まないと決めていましたが、皆さまのおかげで終えることができましたので、もう少し頑張ってみようと思います。

すでに決まっている催しは予定通りに務めてまいります。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。