文化の殿堂に立つ

4月24日、水曜日。雨。

この日は待ちに待った三重県文化会館大ホールでのワンコインコンサート。2008年にスタートしたこの名物企画は、平日ランチタイムにワンコイン500円で、ショートピース中心の聞きやすいプログラムで、楽しいトークとともに楽しめる公演、をテーマに展開。今回で139回目を迎える長寿企画でもあり、これまでに数々の名手が登場して来ました。

私に声が掛かったのは、作曲家の加羽沢美濃さんからのご縁。加羽沢さんがシリーズで受け持っているレクチャーコンサートがあり、2022年にドヴォルザークをテーマにした回に呼んでいただいたのをきっかけに、その当日に出演が決まった(日程は後日決定)という、まさにトントン拍子でした。

毎回だいたい1000名様くらい集まると聞いて、神田将のエレクトーンじゃさほど集まっていただけないだろうなぁと弱気になっているところに、雨の日はマイナス200名様だとの情報も入り、こりゃワースト確定、次はないなと思いました。でも、そこで心折れたりせず、誰も来ずともガッツリ弾くわいと開き直れるツラの厚さが私の自慢。

そして朝から館長も顔を出してくれましたし、とにかくスタッフの皆さんがラグジュアリーホテルのような細やかさでサポートしてくれるので、にわかマエストロ気分をたっぷりと満喫させてもらいました。

開場時間は10:45。雨どころか、強風で横殴りの雨。にも関わらず、会館の皆さんがびっくりするほどに早くから列を作っていただき、開場と同時に多くのお客様が入っていらっしゃいました。その様子を楽屋のモニターでつぶさに見ながら、この企画そのものが持つ魅力とホールの実力に圧倒されました。

東京の記念リサイタルチケットが有り余っているくらいですから、私に集客力がないのは歴然としています。なのにアウェイの会館でこうして次々と座席が埋まるのは、会館そのものが文化の殿堂として地域に愛され、ここの企画なら間違いなしとの信頼を築いているからに他なりません。地域の文化が育つまで、ひたすら発信を続けて来た会館の努力に平伏しました。

しかし、期待が大きいということは、それに応える責任があるということです。「せっかく雨の中来たのに、エレクトーンつまらなかったね」では、会館の顔を潰すことになります。かと言って、今更襟を正しても何も変わりません。いつも通り、丁寧に作品の味わいをお伝えすることです。

開演とともにステージへ進むと、客席には大勢のお客様が揃い、一緒に迷い込んだ雨の香りと人の熱が賑わいを醸します。平常心で出て行きましたが、それを一層リラックスさせてくれるような雰囲気に嬉しくなります。

このまま波に乗って気持ちよく演奏しましたと言いたいところですが、私のコンディションはそれを許しませんでした。この日のプログラムは、私にとって十八番も十八番尽くし。長くレパートリーにして来た作品揃いで、ふだんなら躓くなど考えられないはずなのに、冒頭からコントロールが安定しません。

さほど自覚もなく、ゆえに不安もなく弾き始めたのに、この先どうなるのかとだんだん心配になって行きました。大きな事故はありませんでしたし、客席ではさほどの違和感がなかったのかもしれませんが、ぜひ絶好調の演奏で盛り上げたいとの思いがあっただけに、やっとの出来栄えに留まったのは残念でした。

体調不良と疲労が原因だとはわかっています。では、この状況でどうしたら演奏の質を維持できるのか。翌週に迫るリサイタルに向け、早急に考えなければなりません。体力と集中力。ただそれだけあればいいのですが、消耗を避けるだけで必要な分を確保できるのか。不安が募ります。

せっかくの大ホール。この空間で弾ける歓びを満喫する余裕はなく、安定させようと必死にコントロールするうちに終演してしまった60分のステージ。しかし、お客様は非常に聞き上手でした。

鑑賞する力の高いお客様は、ステージから降り注ぐさまざまな情報の中から、何を受け止めるか、どこに着目すべきかを巧みに選り分けます。余計なところに気を取られて時間を無駄にするのではなく、この時空を存分に満喫しようという思いで座っているばかりか、何を求めているかというシグナルをステージにフィードバックしてくれます。そこに応答すれば方向を見失うことはなく、今回もおおいに助けられました。

劇場は人が集ってこそ。平日の昼間にこれほど賑わうというのは、なんと素晴らしいことでしょう。文化の殿堂で、重要な企画の一回を担わせていただいたことを心から光栄に思うとともに、大きな期待を寄せて迎え入れてくださった三重県の皆さまに感謝いたします。

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