TYK ロシアより愛をこめて

米津さんとのデュオで回ったコンサートツアーが終わりました。演奏者である他に、プロデュースやエージェント役も担っていたので、常に緊張感と共にあった1週間でしたが、最高の夏の思い出です。

29日の姫路は楽器店の文化堂さんが主催。以前、私のソロコンサートをやってくれた駅前のホールが会場です。私はオープンと同時に会場入りし、舞台のセッティングを見守ります。

腕利きの調律師がピアノのコンディションを整える傍らで、エレクトーンをセット。香川公演の本番の際、エレクトーンとピアノが近すぎてバランスが取りにくかったことを踏まえて、入念に位置調整を。

到着時は、音響反射板を使わないセッティングになっていたのですが、ピアノの響きを最優先するために、反射板を設置してもらうことに。ホールのスタッフが気の利いた照明演出を考えてくれていたのですが、反射板を使うことによって、その照明プランはすべてボツになってしまいました。

せっかく練ってくれてあったものを無駄にするのは、本当に申し訳なかったのですが、ピアノの響きを犠牲にするわけにもいきません。照明さんもちゃんと理解してくれました。

ステージの見栄えはそっけなくなってしまったものの、音楽最優先の環境が整い、あとは米津さんの到着を待つのみ。会場入りした米津さんは、早速ピアノの感触を確かめながら、のめり込むようにしてピアノに向かっていました。

集中している演奏家に声を掛けるのは気が引けるもの。本人が指を止め気持ちが現実に戻ったタイミングを見計らって、本番までの段取りを話し合います。

アンサンブルは軽く一度合わせる程度で終わりに。そして米津さんは文化堂の教室へピアノを弾きに移動。その間に、エレクトーンの音響をもう少し練ります。

この日のスピーカーはエレクトーン用のKA-75が2本と、MSR-400が2本。音量だけならKAでじゅうぶんですが、どうしても低音感が足りないのでMSRで音の輪郭をはっきりさせました。

スピーカーは楽器よりも後方に設置しますが、前後左右の位置によって会場での聞こえ方が驚くほど違います。客席では私の弟子たちが、あらゆる場所で耳をそばだてながらチェックしているので、その意見を参考にスピーカー位置と、演奏時の踏み込み加減を決めていきます。

そして練習から戻った米津さんと、最終的なバランスチェックを。ずいぶんといい感じになりました。

上の写真は、舞台袖で出番を待つ時の視線です。客席の照明が落ち、舞台の灯りが決まったところでキューが出ます。マイクを持って舞台へと進み、お客様の姿を一通り眺めます。皆さんとてもいい顔をしているのを見ると、緊張は一気に吹き飛びます。

演奏曲の背景と聞きどころの解説を終えて袖に戻ると、いよいよ米津さんの出番。いきなりラフマニノフのソナタを弾かなければならないというプログラムですから、気楽に出ていくというわけにはいかないことでしょう。

スケール感あふれる演奏でお客様を瞬時に引き込み、まるでここがひとつの宇宙であるかのような雰囲気に。袖の私はひとりの観客として、うっとりと演奏を聞きました。

この堂々たる演奏の直後にエレクトーンソロを弾くのは、本当に気が引けます。ソナタの余韻をいつまでも感じていたいのに、私はそれを破壊しに行くような気がして。

でも、米津さんが会場の雰囲気を音楽色に染めてくれているので、実際のところはとても弾きやすく感じました。エレクトーンとピアノ、同じ鍵盤楽器でも、そして同じロシアの作曲家による作品でも持ち味がこうも違うというところをお客様に感じてもらえてことでしょう。

休憩の後のコンチェルトは実に幸せな時間でした。同じ曲を弾いていても毎回まったく違う手応え。「今日はそう来るか、ならばこう返す」といった応酬は、スポーツのような醍醐味です。

終演後は関係者のレセプションがあり、その後は深夜まで別公演の打ち合わせを。やっとベッドに入ったのは午前3時でしたが、まだ演奏の余熱が残っていて、結局眠れず終いでした。

2日間空いて新潟公演。こちらは、前2回とは違ってホールではなく寺の本堂が会場です。厳かな空間に運び込まれたグランドピアノとエレクトーン。なかなか様になっています。

届くはずのスピーカーがなかなか届かず、代替案を模索してあれこれを手を尽くす間、米津さんはひたすら稽古。あちこち連絡を取りながらも、耳はピアノの響きに向けていましたが、落ち着いたいい音に聞こえています。

やっとスピーカーが届いてホッとしたのも束の間、今度は接続ケーブルが断線していることが発覚。電気屋さんではんだ付けしてもらい、直るには直りましたが、はんだ一箇所で3千円を請求されビックリ。まあ背に腹は代えられません。しかも、エレクトーンの下鍵盤は表現の命ともいえるアフタータッチが不安定だし。

環境が整い、軽くバランスを確認したところで開場時間。ほとんどリハーサル出来ずでしたが、気持ちを落ち着けて、きっと大丈夫だと自分を信じます。

本堂はあっという間にお客様でいっぱいに。今回はホールでのコンサートより、少しフランクなトークを取り入れ、お客様にリラックス感を。何とも言えない、いい雰囲気です。

米津さんのソロを、私は本堂の隅で聞いていたのですが、そこはお客様の表情がよく見える位置でした。音楽に呼吸をシンクロさせたり、音の流れに体を委ねたり、とてつもないものを目にした時のように一点をじっと見つめたままだったり、お客様の表情までもが音楽だと感じました。

熱狂的なムードで終えた寺コンサート。米津さんはこのコンサートを最後にイタリアへと旅立つ予定。区切りのシーンでご一緒できたことを、とても光栄に思います。