嵐のラフマニノフから2週間ほど、表に裏に活気のある時間を過ごしました。
常にどこかと繋がっている現代社会は、非常に便利である反面、自分の感覚だけで行動したり、想像力をフル回転させる機会を奪っているようにも思えますが、ここしばらくスマホとあえて距離を置き、そこにある世界ですべきことに集中しています。
手で触れられ、香りのするものの存在感は、やはり素晴らしいですね。
音楽は聞こえて見えれば完結すると言えなくもありませんが、その場の空気とともに味わう演奏は格別です。少なくとも私はそう信じたい。でなければ、日々必死でやっていることの大半が無意味になってしまいますから。
さて、7月4日には宮城県利府町のリフノスで会館5周年を記念するイベントに招かれて演奏しました。昨年に続いてお声がけいただき、たいへん光栄に思います。
たった一度の公演ですが、そこに注ぐ思いの深さは凄まじく、毎回まさに総力を結集して取り組んでいらっしゃいます。地方の会館がやる記念イベントというイメージで参加すればやけどする。熱量的には国際フェスティバル級。そんな雰囲気もまた、リフノスらしく、私は大好きです。
そんなわけで私は2日前から利府に入り、2日間たっぷりとリハーサルに励みました。何のためにこれほどのゆとりスケジュールなのかと言いますと、照明や音響、舞台転換といった、テクニカルな部分を滞りなく間違いなく進めるための予行演習が目的です。
これが1ヶ月のロングランだったり、ラスベガスのショーだというなら、このレベルの仕込みは珍しくないでしょう。でも、繰り返しますが、一度限りのためにここまで情熱を燃やせるのは、本当に粋ですから、こちらも最高の心構えで参加したいもの。
ところが、ひとつ困ったことがありました。最新型のエレクトーンが仙台周辺どこを探しても手配できないのです。製造元の内部の方も熱心にご協力くださったのですが、見つかりませんでした。
そこで霞町音楽堂にダメ元で相談したら、「持って行きますよ!」と力強く気持ちのいいご返答をくださいました。主催のリフノスには東京から運ぶ分、想定よりご負担を増やしてしまうことになりましたが、快くご調整いただき、弾き慣れた相棒の個体で演奏できることとなったのです。
旧機種もじゅうぶんな表現力があり、独奏の面ではまったく不足はありません。ではなぜ今回は新機種を要望したのかといいますと、和太鼓とのコラボにおいて使いたい音色と機能が、新機種に新たに備わっていたからです。
和太鼓とのコラボは完全に即興なので、事前の仕込みというより、その場での操作性がインスピレーションに大きく影響します。その点、新機種はレスポンスがよく、また独創的な工夫がしやすいので、ぜひそこを使いたかったというわけです。
このような流れで、2日の午後、東京から霞町音楽堂の支配人が自ら大雨の東北道を突っ走り、利府まで来てくれました。
BMWに乗って長距離移動した港区在住の03X。まさにセレブですね。車から降ろされる姿は、まるで手入れの行き届いたトイプードルのよう。舞台での姿もまたひときわお上品に見えました。
その日はソロのリハーサル。わずか30分のステージで、慣れている4曲を弾くだけなのですが、生きているかのように刻々と変化する豪華な照明が入り、妙に気分が高まり楽しくて仕方ありません。
特に気に入ったのは「禿山の一夜」で使われる森の背景。レンズ状になっているのか、いい感じに歪んで見え、不気味な雰囲気が醸されています。これ、ハリーポッターにも使えそうなので、またいずれ。
2日目のリハーサルは、いよいよ出演者全員が集結。和太鼓Atoa.は昨年もご一緒しました。今回、初めてお会いするのは、あきらちゃんとじゃんぷくん。会場に着いたらちょうどリハーサルをしていたので、客席で見せていただきました。
ジョークや自虐ネタを挟みながら、歌ったり踊ったり、まったりと楽しい空気を作っているふたり。まったくトゲがなく、優しい雰囲気なので、子どもやお年寄りにも安心して楽しんでもらえるのがいいなと思います。
リハーサルなのでお客様がいませんが、本番ではきっとお客様も一緒に体を動かしながら、笑いの絶えないステージになることでしょう。
そしてAtoa.とのコラボシーンのリハーサル。結局、やればやるほど決まりごとが増えて、それを気にして動くことになってしまうので、最低限の流れを確認するだけにしました。本気を出すのも本番限り。リハーサルは何となくという感じで。
その後は、テクニカル含めてランスルー。演者よりもスタッフの方が段取りが多くて大変です。私たちは負担を増やさないように、用意されたレールにうまく乗っかっていきます。
ランスルーが終わり、あとはそれぞれの持ち場で改善や微調整の宿題を持っておひらきに。だいぶ時間に余裕ができたので、夕食を兼ねてイオンモールに行ってみました。
利府にいると気持ちがいいんです。何でだろうと考えてみたら、人との触れ合いが本当に気持ちがいい、ということがわかりました。
どんなお店に入っても、何かにつけて気持ちが伝わるんです。「ありがとうございました」その一言にも心がある。昔は東京でもそんなの当たり前でしたが、思えば心の込められた言葉はいつのまにか贅沢品になってしまった気がします。
マクドナルドでさえ居心地がいい。スターバックスなんて、誰もお客様いませんでしたから、バリスタのお嬢さんと何度も目があって、その度にお互いニッコリしたりして。これは、すごいことなんだと気づきました。
ここまで万全のリハーサルをして、ご町内で気持ちよく過ごして、よい公演にならないはずがありません。
最終調整が終わり、ちょっと用事でロビーに向かうと、ちょうど到着した町長が、あちらから「あ、神田さん、今年もよろしくお願いします!」と声を掛けてくださいましてね。形式だけで来館したのではないことが感じられ嬉しく思いました。
本番は、とてもスムーズに進みました。あきらちゃん、じゃんぷくんのコーナーは、お客様もノリノリで参加され、ほとんどの方が立ち上がってラーメン体操をしていました。柚木たかみつ議員もステージに上がり、ダンスで盛り上げてくれ、皆さんの心意気が素晴らしい。
続いてのエレクトーンソロは、冒頭が禿山の一夜でしたが、脳内にラーメン体操が刷り込まれていて、なかなかのカオスで弾きました。これもリフノスならではの経験です。
そしてAtoa.との即興コラボ。最初の部分で使おうと用意していたレジストレーションが正常に読み込まれていません。時々あるんです、ボイスリンクが崩れて、音が勝手に置き換わるとか。
まあ、考えている時間はないので、別音色を使うことにして、新しい発想で始めました。これはこれでいいかも。こうして自由にできるのが即興のいいところですね。少し時間が押していたので、そのあたりも意識しながら、三人で盛り上がりました。このままあと倍くらいやっていたかったです。
終演後は労い合う時間もなく、3分で楽屋を撤収し、用意されたタクシーに飛び乗りました。お客様が退館を始めると、駐車場出口に渋滞が生じるので、それより先に出る必要がありました。
翌日は広島県の呉で昼公演のため、この日のうちに広島へ空路で向かうスケジュール。最終便が17時過ぎと早いので、それに間に合わせなければなりません。
幸い、滞りなく安全に空港まで行くことができ、スムーズにチェックインが完了。空港で食事をする時間は残っていなかったので、美味しそうな手作りおにぎり弁当を買い込んで搭乗しました。
これで一安心。もう少し利府での余韻を楽しんで、一緒に創り上げたみんなと紙コップ乾杯したかったなぁと思いつつ、小さな機体の小さな窓から宮城の街にお別れを。
ところが、広島空港が濃霧で、上空にて30分以上旋回したのち、条件が整わず仙台への引き返しが決まったとのアナウンス。
小型機で機内Wi-Fiがないので、今できることは何もありません。焦っても仕方ないので、無料遊覧飛行に当たったと思いながら、暮れていく空の光の変化を味わいました。航空会社もお気の毒に。せっかく飛ばしたのに出戻りの上、ご返金でしょ。燃料も使ったし、飛ばす前には整備や準備もあったろうに。
コンサートに例えれば、終楽章のクライマックスあたりで急に幕を下ろされて、はい中止って感じでしょ。お客様にはご返金、でも奏者にはギャラ出して。お客様も奏者もがっかりだけど、それ以上に主催者は泣きっ面に蜂。想像するだけで身震いします。
仙台空港に着くと、地上係員が丁重に頭を下げてご迷惑をお掛けしましたと言って回ってました。せめてにっこりいい笑顔を返して仙台行きの鉄道に急ぎます。
今日中に広島へ行くのは不可能になりました。でも、最終新幹線にはギリギリ間にあいます。そして空港近くに宿泊し、早朝の便で飛べば10時までには会場入りできます。
仙台空港から翌朝の直行便に振り替えるという手もありましたが、今夜降りられないなら、翌日も降りられないリスクは高いと見なければなりません。過去1週間で大阪空港への着陸地変更が1回、そして今回の引き返し欠航1回と、到着率は低くないのですが、絶対に広島へ行きたいので、リスクは避けたいところ。
それに東京まで行っておけば、新幹線という選択肢も残ります。もうひとつ、私の乗った便以外、他の飛行機はすべて着陸できていたので、もしかすると機体のタイプにも影響されるのではと推測。過去1週間で一度も欠航のない東京からの便を使う方が低リスクに思えました。
ただ、コスト面では、大幅な追加出費に。でも、翌日の仙台広島直行便が降りられなかったら、もうヘリコプターしか策がなくなり数百万掛かりますから、それを思えば妥当な線だと思います。
仙台駅までの鉄道は、途中駅からライブ帰りの若者を満載。仙台駅ホームが人で溢れ、あわや最終の新幹線に乗り遅れそうになり、そこが唯一の焦りどころでした。
最終新幹線は、独特の重い空気感がありますね。タクシーでお台場のヒルトンへ。乗車中に日付が変わって、ああ、ルームサービスの営業が終わっちゃった、と少々がっかり。
幸い、ホテルに着くと、ナイトマネジャーが鍵を用意して待ち構えてくれていて、ほぼ立ち止まらずにチェックインが終了。さあ、仕方ないからコンビニで何か買おうと出向いてみたら潰れてました。
部屋に置いてあったフィナンシェを食べて、タキシードにアイロンを当てて、翌日の演目の復習をして、シャワーを浴びたら午前3時。
2時間の仮眠を取り、6時にチェックアウトして羽田へ。かつてはこんな生活が日常でした。今は少しのんびりしていますが、そんな経験が今も役に立っているんだなとしみじみ思う道中でした。
写真:上田海斗























