ありがとう、せんくら。

せんくら2016が終わりました。フレッシュな若手やニューフェイスを多数迎えての新しいせんくら。三日間に渡って繰り広げられた数々の演奏会は、どれも素晴らしい音楽と歓びに満ちていました。このフェスティバルに今年も参加できたことを、たいへん誇らしく思います。

せんくらに参加するのは今年で8年目ですが、今回ほどお客様を身近に感じたことはありません。仙台へ向かう時と帰る時との気持ちの差も、今回が最大。東京に戻った今、この隙間を埋めてくれた仙台に、改めて感謝しています。

仙台へ向かった9月30日は、大切な演奏会を控えているにも関わらず、なんとも言えない重い気分でした。9月は韓国公演を筆頭に、常に誰かと協力しながら大勢で取り組む演奏会が続きましたが、一気にソロオンリーになり、孤独感が際立ったのも理由のひとつ。でも、結局はひとりが好きなくせにひとりで弾くのもひとりでいるのも怖いだけかもしれません。いずれにしても、私は終始単独行動かつ無所属かつ音楽界に友達ゼロなので、半端なくアウェイな気分での仙台入りになりました。

指定されたホテルにチェックインし、まずはコスチュームの手入れ。愛用のスチーマーで丁寧にシワを取り去り、エナメルの靴もピカピカにします。それからエルパークまで歩いて、三舩優子さんのコンサートを鑑賞。明日は自分が演奏する空間が、観客の目線だとどんな雰囲気なのかを確認するのが目的だったのですが、演奏が始まったらそんなことはすっかり忘れてしまい、洗練された演奏に聞き入っていました。

終演後はエレクトーンのセッティングを済ませ、会場を後に。三舩さんのサティを聴いた余韻から抜け出したくなくて、ひとりでフレンチレストランに行ってワインでも飲んじゃいたい衝動に襲われたのですが、翌朝一番で演奏だからと自分を振り切って粗食で済ませて帰りました。

早めに体を休めておこうと思ったのに、あれこれ考えていたら眠れないまま朝に。ホテルでの朝食をパスし、会場近くのカフェでのんびりしながら入館時間を待ちました。日中は多くの人で賑わう仙台の街も早朝は静か。空は高く、予報に反していい天気になりそうです。

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ひとつ目の演奏会はお馴染みゼロ歳からのコンサート。今年も賑やかな活気に包まれました。演奏の合間、時折り客席に目を向けると、皆さん本当にいい表情をしています。そのいい表情が会場全体に広がっていて、そうそう、これがせんくらの空気だよなぁとしみじみ思いました。さっきまでのナーバスな自分は何だったのかというくらい、お客様が一瞬で私を元気にしてくれたのです。

午後は翌日の下見と準備のため楽楽楽ホールへ行き、まずは1966美人カルテットとピアニストジュゼッペのコラボを鑑賞。コンサートは、ロックやポップのスーパースターへのオマージュがテーマ。プログラムにもそうした楽曲が並びます。いったいどんな演奏になるのか、想像もつかなかったのですが、聴いて納得。全世界を熱狂させたメロディたちが、そのエッセンスはそのままに、見事なクラシック調へとアレンジされていて、とても聴き応えがあります。ジュゼッペはクイーンをまるでラフマニノフのようにダイナミックかつロマンティックに弾いていました。

その後は、同じ会場でせんくらフィナーレの第九に向けた合唱団の練習が行われたので、見学しました。舞台にはエレクトーンもあったので、加わりたくてうずうずしましたが、お邪魔してはいけないと必死で我慢。合唱団は大学生が多く参加しているのが印象的でした。本番は聴けませんが、大成功間違いありません。

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また一夜明け、楽楽楽ホールに戻ってきました。リハーサル時間をたっぷりもらえたので、雰囲気のいいホールで丁寧にイメージしながら準備をすることができました。毎年思うことですが、スタッフの対応は完璧。演奏だけに専念できる理想の環境です。だからこそわずかなミスも大きなミスも、すべて演奏者の責任だとはっきりしているので緊張もしますが、リハーサルが終わる頃には大きな自信と余裕を与えてもらっていることに気づきます。

最後に残った心配は、お客様がどれだけ来てくださるか。残席情報で丸印が付いているので、じゅうぶんな空席があることは確かですが、どの程度ガラガラかは舞台に出るまでわかりません。5分前のベルが鳴り、スタッフに先導されて舞台袖に移動。通常、客席の活気は舞台袖まで伝わってくるものですが、感じられるのは静まり返った空気です。

これまで7年間は、とにかくエレクトーンの演奏を楽しんでいただこうと、有名曲をメインにしたわかりやすいプログラムをご提案し、ほぼ全公演完売というほどにご注目いただいてきました。今回は、若手のフレッシュさを失いベテランの貫禄には手の届かない半端な立場として何をなすべきかを考え抜いて決めたプログラムですが、エレクトーンでオーケストラの大作を弾くというアプローチに理解を示していただけるのか、それはもう心配で心配で胃が痛くなりましたし、舞台に出たら観客ゼロという夢を何度も見ました。お客様がどんなに少なくても、来てくださった方のために、誠実な演奏をしよう。そう覚悟を決めてはありましたが、もし実際にガラガラの客席を見たら、雰囲気に負けてしまうかもしれません。

そして、私の本番前の舞台袖は、とても殺風景。励まし合う言葉もなく、気合いを入れるでもなく、暇な歯医者の待合室で名前を呼ばれるのを待っているのと何ら変わらない雰囲気です。そんな退屈な私を演奏家に変身させてくれるのは、お客様の拍手。今回も本当にいい拍手で迎えていただきました。見渡せば多くのお客様。最高の幸せを感じました。

あとは大好きな作品を演奏するだけ。それはもう最高にいい気分で演奏することができました。どんどん気分が乗って、音楽の中に深く深く入っていく感覚です。その間も、客席から素晴らしいエネルギーが伝わって来て、私の中を駆け巡り、音になって放たれていきます。

ただひとつ私の足を引っ張ったのは、私自身の血液でした。絶好調の気分で血流が高まると、指先が汗ばんできます。そのためにハンカチを用意してありますが、持続音がずっと続く限りは、鍵盤から指を遠ざけるタイミングがありません。濡れたプラスチック鍵盤に圧力を掛けるのは、アイスバーンでのブレーキと同じです。エレクトーンの新機能として鍵盤への送風とか、瞬時にワイパー掛けるとか装備してくれないかなぁと本気で思いました。

演奏が終わると、ほんのしばらく静寂があって、その後、温かい拍手が次第に盛り上がって来ました。割れんばかりの熱狂的な拍手より、私はこのしみじみとした拍手が好きです。こうして今回もせんくらのお客様とスタッフに希望を与えてもらいました。ささやかな演奏会でしたが、これがエレクトーンの未来に通じていることは確かです。ありがとう、せんくら。