弾きながら思うこと

演奏中は何を考えているんですか、という質問を時々受けることがあります。壮大な音楽の世界を紡ぎだすために、頭をフル回転させていると答えたいところですが、実は何も考えていません。

どんな作品にもそれぞれ独特の世界があり、音楽を奏でると、私の心の中にはその曲の世界が瞬時に広がります。

それは実際に目に見えるかのような感じ。でも、現実に見ているのは目の前にあるリアルな空間ですから、幻覚を見ているわけではありません。

うまく表現できないのですが、現実の視覚の中にスクリーンのようなものが仕込まれ、現実と音楽世界がオーバーラップするような感覚でしょうか。

私はそんな世界の中を自由に漂っているだけなので、自分が演奏しているということすら忘れることがあります。

その割には、現実的なことにも神経が開いています。話さなければいけないことを思い起こしたり、あるいは、客席での出来事にも敏感だったりしますが、音楽的なことに関してはほとんど作為をせず、感覚や本能に任せている感じです。

演奏会の時は、その閉ざされた空間だけが全宇宙であり、開演から終演までのわずかな時間だけが全歴史です。この小さな宇宙では、音楽が無限の広がりを体験させてくれます。

メディアで聞く音楽との違いは、聞き手と弾き手とでリアルタイムに共有できること。その瞬間に心で感じる幸福感こそが、私が演奏会で追い求めているものなのかもしれません。