神田将リサイタル in 上海

この素晴らしい時間が永遠に続くなら・・・。演奏会の度に時間の流れを止めてしまいたくなりますが、今日の終曲を弾きながら感じたこの思いは、いつになく強烈でした。

今朝はあいにくの雨。しっとりと濡れた上海の街並みも絵になる風景ですが、4月にしては肌寒く、演奏会の客足が心配されます。

私と仲間たちは午前8時過ぎには上海音楽庁に到着。楽屋口で警備員のチェックを受けた後、地階にある楽屋へと案内されました。入口の表示には「豪華化粧間」と書いてあり「大袈裟な・・・」と思ったのも束の間、中に入ると納得でした。

「女優仕様」のカウチソファ、ピアノとクラビノーヴァ、化粧台、そして大理石のバスルームが備わり、演奏前に気分を高めるにも十分な設えです。

でも、私がここにいるのはきっと数分のことでしょう。着替える以外の時間はステージかその周辺にいるはずです。

舞台用のアイテムを整理して並べ、すぐにステージへと向かいました。すでに音響の「音空」さんスタッフがセッティングの最終確認を進めているところに合流し、1曲目からランスルーリハーサルをおこないました。

昨日も短時間ながらリハーサルができたので、特に問題はありませんが、全曲を弾くことで、鍵盤の感度など、楽器の個性を確認し、本番での注意点をすべて記憶しました。

開場時間が近づくにつれ、場内で準備に取り掛かる係の数が増えて来ました。今日の演奏会はウィークリーラジオコンサートという番組で生放送されます。また録画も行われ、何らかの形で公開される予定だと聞いています。

開場前に、今日の司会を務めて下さる王勇先生と打ち合わせをしました。王先生は上海音楽学院で芸術管理副主任を務めながら、数々の音楽番組で司会もしている有名人です。

そして開場までのわずかな残り時間を利用して、ホワイエなどの空間を歩いてみました。華やかな内装は、クラシックの殿堂という呼び名に恥じないものです。今日だけはここが私のハウスです。

いよいよ開演。番組のスタートに合わせ、まずは番組のオープニング音楽が流れました。そして王先生が登場。今日の演奏会の趣旨や聞きどころを解説します。

ほどなく呼び込まれて私はステージに進みました。荘厳な内装のホールを歩き、舞台の中央に立って客席を仰いだ時、これまでの道のりが走馬灯となって蘇りました。今日は特別な舞台になる。そう実感しました。

まずは日本で災害に遭い、亡くなられた方々のために、上海の皆さまから追悼の念を届けたいとの申し出があり、会場内のみならずラジオを聞いている皆さまと気持ちをひとつにするため、演奏会の冒頭にバッハのG線上のアリアを演奏することになりました。

精霊よ来たれ。そんな思いでバッハを弾いている間は、場内の空気が清らかに静まり、まるで誰もいない空間で弾いているようでありながら、多くの人に見守られている温もりを感じるという、不思議な体験となりました。

ふたたび王先生が登壇し、いよいよリサイタルのスタートです。曲目の解説は、音楽の歴史が専門でもある王先生から。その間、私は演奏の準備をして待ちます。

演奏と解説が絶妙な間合いで進んでいくと、客席のお客様もどんどん音楽の世界に引き込まれていく様子が手に取るようにわかりました。舞台からもお客様の表情がよく見えるのですが、皆さん本当にいいお顔です。

プログラムは全11曲。ほとんどがクラシック作品ですが、エレクトーンの芸術性と多様性を感じてもらうには、とてもよい構成になったと思いました。

千人のお客様と数十人のスタッフに見守られてのリサイタルは、無事に幕を閉じました。いつも通り、一度舞台に出たら、終わるまで戻ることなく100分間、お客様の前に居続けました。

もっともっと弾いていたかったのですが、終曲も気持ちよく弾き終わりました。名残惜しく袖に戻ると、制作や舞台のスタッフたちが、盛大な拍手で迎えてくれました。

まるで映画のクランクアップの気分。スタッフ全員と握手を交わした後、豪華化粧間に戻って、汗だくのタキシードを脱ぎました。

苦手意識が強かった午前中の公演ながら、とても充実したいい気分で終えることができました。これを機に、ひとりでもいいからエレクトーンに興味を持ってくれることを願っています。