若きチェリストとの対話

月曜日から水曜日までの三日間は、三度の食事以外一歩も外出せず、自宅で過ごしました。これまであまり気付かずにいましたが、自宅の周辺には小さいながらに気の利いた店が数多くあることを発見。毎回の食事に、新しい店に出向いてみるのが楽しみでした。

今日は久しぶりの外出。と言っても銀座までですから、たいした距離ではないのですが、なんだかウキウキする気分でした。天気も春のようでしたし。

目的は上海から来ている、とある家族と会うため。かつて日本で暮らしたこともあるので夫妻は日本語も堪能です。もうすぐ18歳になるお嬢さんも、会話を聞いて理解できるほど。向かったのは銀座の「音楽ビヤプラザ ライオン」です。

この店を訪れるのは初めて。ウワサはかねがね聞いてたのですが、なかなか訪ねる機会がありませんでした。店内はドイツのビアホールのような雰囲気。正面にステージがあり、グランドピアノが据えてあります。

ステージにほど近いテーブルが用意され、まずは座って乾杯。ファミリーは、私の上海公演の際、いつも客席で応援してくれるばかりでなく、中国上海芸術祭へのエントリーにも大きなサポートをしてくれた恩人です。

そして、この家族との縁をとりもってくれたエージェントが、今日のこの席を設けてくれました。私もビジネス抜きでリラックスできそうです。

あれこれと話に花を咲かせていると、ステージに照明が当たり、今日の出演者が登場。そして歌を中心とした陽気な演奏が始まり、館内は一気に華やいだ雰囲気になりました。

もう出演者たちは手慣れた様子で、何の危なげもなく、自身も楽しみながら演奏を繰り広げます。ワイワイと一緒に楽しむのがよさそうですが、思わず演奏に聞き入ってしまうことも。アルコールがもっと欲しくなります。

第一ステージは、5人の出演者がそれぞれのソロやアンサンブルを披露。30分の休憩の後、第二ステージが始まりました。進行役の言葉によると、第二ステージはお祝いのステージ。場内にいる祝い事のある人のところに行って、歌って盛り上げるという趣向です。

来月結婚をする人、近所の画廊で個展を開く人、誕生日の人など、記念のスパークリングワインを振舞いながら、思い切り陽気に祝います。

そして私たちのテーブルも「来日記念」という名目で祝ってもらいました。ステージに招かれ、壇上のイスに座ってヴァイオリニスト古舘由佳子さんの奏でるハンガリー舞曲を間近で聞かせてもらい、ファミリーも喜んでいました。更に記念撮影のサービスまで。もうテーマパークのノリで楽しめます。

古舘さんのヴァイオリンは、ジプシー音楽の自由さが感じられ、大胆でエネルギッシュです。ハンガリー舞曲はもともと民衆の音楽ですから、こうしたテイストでの演奏こそが本物なのかもしれません。

その演奏を食い入るように見ていたのが、ファミリーのお嬢さん。上海の音楽高等学校でチェロを学んでいるので、弦楽器には止め処ない興味があるのでしょう。同時に、私のファンでもいてくれています。

聞けば、大変優秀な成績を収めているらしく、中国のみならず、ヨーロッパをはじめとした諸外国での演奏経験も豊富。私の方が行動範囲が限られています。

今年はカナダへの奨学生として中国からわずか2名しか選ばれないうちの一枠をつかんだとのこと。更にはドイツへの長期留学を検討中と、エリート街道まっしぐらです。

わたしのようなはみ出し者が余計なことを言うのは差し出がましいかもしれませんが、彼女がどんな音楽観を持っているのか、会話の中から探ってみることにしました。

「優れた演奏と、そうでない演奏との差は?」「作品を演奏する上で、最も重要なことは?」「学校で学べることと、学べないこととは?」

こうした問いかけにきちんと答え、その中には固い決意や音楽への愛情が感じられました。きっと素晴らしい演奏家に育つことでしょう。

「ステージで実際に役立つのは、教えられたことではなく、自分で見出したもの。だから、教えられる前に見つけてね。」

そう言って、4月の再会を約束して別れました。いつか舞台で共演できる日が楽しみです。