下甑島学校コンサート「神田将ひとりオーケストラ&セッション」

激しい雷鳴と雨の音で目覚めた下甑島の朝。朝食や身支度をそれぞれに済ませ、今日のコンサート会場となる手打小学校体育館へと出発しました。

昨日、フェリーを降りてから宿までの道では、すでに夜だったために景色が何も見えませんでしたが、今朝は雨ながらも誰もいない穏やかなビーチに心を奪われました。

1回目の会場に到着し、なにはともあれ楽器のセッティング。エレクトーンは、毎年このツアーに同行してくれている宮崎の業者さんがあらかじめ組み立てて来てくれていたので、とてもスピーディーかつスムーズに搬入が済みました。

一番複雑なのは、石川さんのパーカッションです。ドラムセットに加え、様々な小物、そしてカホンにジャンべなどなど・・・ちょっとしたガレージセールができそうなくらい、多種多様な楽器を持ってきてくれました。

それらはすべて丁寧に梱包されているので、まずは開封し、順序よく組み立てていきます。ここで大切なのは、終演後に再度梱包することを頭に入れておくという点です。打楽器組み立ては、石川さん、波多江さん、米津さんがチームとなって進めています。

私は腰のこともあって力仕事からは解放されているので、校長先生に挨拶に行きました。そこで島の文化や風土についての話を聞かせてもらい、子どもたちと接する上での大切なヒントをいただきました。

楽器セッティングが終わったところで、ステージに集合して早速リハーサルです。残り時間は40分ほどしかありません。90分のコンサート全体を通してリハーサルすることは不可能です。

こんな状況でありながらも、出演者たちはリラックスした雰囲気ですが、ただひとり緊張して落ち着かないのは米津さんでした。私は全員のことをよく理解していますが、米津さんは波多江さんや石川さんの演奏を聞いたことがありませんし、波多江さんと石川さんは米津さんの演奏を聞いたことがありません。

互いに顔合わせはしていますが、一緒に演奏するのは今日が初めてなのです。しかも、全曲をリハーサルできない現実が意味するのは、いわゆる「ぶっつけ本番」となる曲も少なくないということです。私は演奏の全責任を負っていながらも、少しも慌ててはいません。全員を信頼しているからです。

まずは終曲からリハーサルしました。高度なテクニックが必要ですし、次々と曲想が変わるたびにテンポやタイミングをしっかりと合わせなければならない大作です。

一度演奏してみましたが、正直、あまりよい出来映えではありません。これはもう一度後から稽古する必要がありますが、とりあえず不安をなくすために、小さな作品をいくつか合わせました。

次第に調子も上がり、音が生き生きとして来ました。波多江さんや石川さんは昨年の勘が戻ってきたことに加え、米津さんが楽しみ始めていることが伝わり、私も一安心。複雑な曲をもう一度合わたところでタイムオーバー。でも、これなら本番の緊張感や責任感で乗りきることができるはずです。

本番は私のソロからスタート。2曲弾いて、次は米津さんのソロ。「初日からソロを弾くのは心配」と言っていた米津さんに、私は「ここで弾かなければ、2度目はもっとしんどくなるよ」とアドバイス。米津さんも弾く決心をしてくれました。

コンディションの悪い学校のピアノでどこまで弾けるか。いつも整った条件下で演奏することに慣れているピアニストにとっては試練でしょうし、人によっては音楽への冒涜と考える場合もあるでしょう。でも、聞いている子どもたちは、「自分たちの楽器」をプロが演奏してくれるところに、必ず価値を感じてくれるに違いありません。

結局、米津さんは一度目から素晴らしいソロを披露してくれました。もうこれで彼は大丈夫です。そこから石川さんが加わり、更に波多江さんが加わり、4人のアンサンブルは次第にヒートアップしていきました。

子どもたちの体験コーナーもまじえて、正味90分のコンサート。手打小学校の他、子岳小学校(なんと全校生徒2名!)、海陽中学校の小学1年生から中学3年生まで幅広い年齢層の子どもたちでしたが、とても熱心に耳を傾けてくれ、気持ちのよいスタートを切ることができました。

終演後は慌てて片付けて、のんびり過ごす間もなく出発です。のびのびと学ぶ子どもたちや、心やさしくまっすぐな先生方とも話をしたかったのですが、それは叶いませんでした。

初回のステージに臨むという気持ちには特別なものがあり、成功するまでは舞台のことしか考えられないので、ここでは写真を撮る余裕もありませんでした。

続いて2回目のコンサート会場へ。同じ島内ですが、車で20分ほど移動しました。まるでリゾートホテルのアプローチのような風格ある坂道を上がっていくと、高台にある海星中学校へと着きました。校庭からは大海原を望み、振り返ると青瀬岳が間近に迫るという、大自然の恵みをいっぱいに抱えた学校です。

手打小学校同様、まずは楽器セッティング。続いて校長室で校長先生、教頭先生を交えて昼食をとり、早速午後のリハーサルです。先ほどの公演で問題があった箇所を確認しあい、テンポ感やフレーズの扱いなど、気になったところを詰めていくと、演奏がまた一段と進化しました。

今回も小学生と中学生が一緒になって音楽を聞きます。海星中学校の他、長浜小学校、青瀬小学校、西山小学校、鹿島小学校、鹿島中学校のこどもたちが集まりました。校長先生にうかがったところだと、この島では伝統芸能の継承がしっかりしているのだとか。祭などで子どもたちが披露する機会が結構あるそうですが、ぜひ見てみたいものだと思いました。

2回目のコンサートも和やかに楽しく進めることができました。舞台から見ていると、子どもたちの表情がなんとも自然でいい顔をしています。ちょっとシャイなところはありますが、その頑是ない姿を見ながら、ぜひそれぞれの夢を叶えて欲しいと願わずにいられませんでした。これで下甑島の小学生、中学生の全員が私たちの演奏を聞いてくれたことになります。

終演後は片付け。これもスピーディーに終わりました。体育館から外へ出ると雨は上がっていました。すると波の音が聞こえます。

海面から500メートルは離れていると思うのですが、はっきりと聞こえる波音。それだけノイズがなく、「音が澄んでいる」のでしょう。振り返ると山のシルエット。実にいいロケーションです。

帰りがけには見えなくなるまで手を振って送ってくれた皆さん。また会う機会はあるのでしょうか。そう考えるとちょっと切なくなります。

宿への帰り道、送迎をしてくれている教育委員会の方が、展望台へと案内してくれました。夕暮れ間近の空はちょっとセンチメンタル。続いて下甑島最南端の断崖から海を見守る釣掛崎灯台へ。

こちらも人影はなく、地球の音しか聞こえません。まさに大自然に包みこまれてるような感覚になりました。

雄大な景色にばかり気持ちを惹きつけられがちですが、ちょっと足元を見ると、そこにも小さな命がたくましく生きていました。

ひとりきりになりたくなったら、またここを訪ねよう。そう心でつぶやきました。