怒りを前進エネルギーに 帯広~釧路

ここ数日、気分がすぐれません。でも、今はツアー中ですので、この不機嫌はグッとこらえてしまってあります。これじゃいかんと思いつつも、気分を晴らす要素が見当たりません。朝食をとる気力もなくなり、狭いホテルルームでできるだけ穏やかに過ごしていました。

帯広から釧路へ向けて出発する直前、ホテルのロビーラウンジで軽く何かを食べることにしました。吹き抜けのさわやかな空間には他に客もなく、ゆっくりと過ごせそうです。

ベーグルやワッフルなどもあったのですが、十勝パフェというのが気になって注文しました。なんとホテルオリジナルのマスコット付きです。十勝あずきやかぼちゃなどの名産品をたくさんつかったパフェに、苦い表情も少しやわらぎました。

釧路へはバスではなく鉄道を利用しました。初めて乗るスーパーあおぞら号は、ビジネスマンを中心にかなり混雑していました。姜建華さんの隣に座った私は、まず姜建華さんの座席ポケットに前の客が残したままのごみを取り出し、巡回に来たグリーン車アテンダントに渡そうとしました。

するとアテンダントは露骨に嫌な顔をして、「後ほど回収します」と言いました。新幹線や他社の特急では「失礼しました」と慌てて片付けてくれることが多いので、この対応にはガッカリしました。

おおぞら号は途中、とても景色のいいルートを通りますので、車窓を楽しみにしていたのですが、日差しをよけるために、すべての窓のカーテンが閉じられています。皆、景色よりも居眠りのようです。もったいない・・・

仕方がないので、デッキの窓から外を眺めました。これならグリーン車じゃなくて、立席特急券で十分ですね。もったいない・・・

海ギリギリを走ったり・・・

湿原の中の川を渡ったり・・・

あっという間に釧路へ到着しました。まずはホテルにチェックインして、姜建華さんとふたりでランチデート。最上階の眺めのいいレストランで手軽にブッフェを楽しみました。

こうして姜建華さんとじっくり話をするのは久しぶりです。いつも必要最低限の会話しかしない主義の私に対して、ずいぶんと腹を割った話をしてくれたように思います。人生の、そして音楽家としての大先輩から、大変ありがたいアドバイスと励ましをいただき、すっかり気分もよくなりましたが、後から思えば、これがお別れの挨拶だったのかもしれません。

そしてツアー最後のコンサート会場へ。すでに準備は整っており、音響確認を兼ねた軽いリハーサルをしました。

さて、リハーサルが終わって楽屋に戻ってから、私は何をしていると思いますか?

のんびりリラックスしながら本番を待つ人や、共演者と雑談をしながら打ち解けて過ごす人もいますし、手持ち楽器の人はひたすらおさらいをするかもしれません。女性陣はお化粧も欠かせないでしょう。

私はイスに浅く腰かけて、これから始まる本番を頭の中でシミュレーションします。そして、今回のようにトークの内容がある程度決まっており、告知など、覚えなければならないことがある場合には、一字一句間違えず流暢なトークができるよう、しっかりと声をだして練習します。

いよいよ本番が近くなると、ステージでベストパフォーマンスができるよう、集中力を高めながら、しっかりとチューンアップをします。

以前、私にとってリハーサルには本番よりも集中力を必要とするとお伝えしましたが、楽屋での時間はそれに準ずるものであり、極めて神経が張り詰めた状態なのです。ここで集中を阻害されることほど、ステージに悪影響なことはありません。

今日は特にその集中が途切れてしまう出来事が多く、本番前の私は非常に不機嫌でした。もちろん、顔に出しているつもりはありませんでしたが、それをいち早く察知して、フォローしてくれたのは姜建華さんご自身でした。

そして、私に自信を持たせてくれる言葉を掛けてくれました。そのひとことでどれほど救われたことか。

その時、私の心の中に渦巻いていた怒りは、瞬時に音楽へのエネルギーに変わりました。ツアーが始まって何年にもなりますが、私は今日までずっと、自分を姜建華さんの添えものだと思いながら弾いてきましたが、今からは音楽ありきのアンサンブルをすることに改心し、今日の本番は一層思い切って演奏して来ました。

悲しくなるようなことがらに惑わされながらも、最後にはそれを前進のパワーとして役立てることができました。明日、東京へ戻りますが、北海道へ旅立った日の私とは、また明らかに違う私になって帰ります。