未来の音楽家たちへ

私には子供がいませんので、これまであまり子供たちと接する機会がありませんでしたが、その状況が最近になって、大きく変わってきました。

3年前より、全国の学校へ出向いて演奏を届ける芸術鑑賞事業に参加するようになって、毎年大勢の子供たちとふれ合う機会に恵まれ、毎回、どんな子供たちに会えるのかと、指折り数えてその日を待ち望んでいます。

また、エレクトーン特別ゼミの講師を担当した経験からは、「スーパーキッズ」と言われる類稀な才能に恵まれた子供とじっくり向き合うことで、こうした若い才能のために、私が何をなさねばならないかを、真剣に考えさせられました。

いずれのケースも、わが子ではないですから、親のような気持ちで接しているというのは、本当のご両親からすれば心外かもしれません。
でも、彼らのために何かを残すことで、おそらくこの先も子供を持つことのない私がこの世に生きた意味を刻みたいという思いは真実ですから、私の人生を賭けて接しているというのは、あながち大げさなことでもありません。

今日はこどもの日。この日によせて、特に今、一生懸命音楽に励んでいる子供たちにメッセージを贈ります。
皆さんは間違いなく、音楽が大好きですよね。
だから毎日、一生懸命頑張って稽古しているのだと思います。

優秀になればなるほど、立派な先生にお世話になり、日々、ありがたいご指導を受けていることでしょう。

ここで私が言いたいのは、レッスン室での主役は、生徒であるあなた自身であるということです。
その主役は黙って楽器に向かって、課題だったことをひたすら披露するだけのことが少なくありませんが、それではまるで、診察台の弱った猫と同じです。
先生方は皆さんを治療しているのではなく、導こうとしているのですから、もっと主張をして下さい。

それから情報漬けにならないように気をつけましょう。
天才であってもなくても、私は皆さんひとりひとりがダイヤの原石だと思っています。

将来スーパースターになる子もいるでしょうし、別の道に進んで音楽から離れる人もいるでしょう。
けれど、ここでいうダイヤとは皆さんの人生そのものですから、今の努力はどんな生き方になろうとも必ず役に立つと信じて下さい。

その中で、情報漬けになるというのは、ダイヤの周りをクズ石で飾り立てるのと同じく愚かなことです。
辞書を丸暗記しても詩人になれないのと同じで、稽古だけで音楽家にはなれません。

何が自分を磨くのか、何が必要で何か邪魔なのか、考えてもわからないかもしれませんが、最終的に判断するのは自分であって、これを人に委ねてはだめです。

そのために大切なのは、五感を研ぎ澄ますことです。
残念ながら、皆さんの五感は眠っています。
極端にいえば、音を聞いても音しか聞いていませんし、ごちそうを食べても味しか感じていません。

機会があれば、近くの山に登ってみて下さい。
そして、一緒に行く人よりも、少し先をひとりで歩く時間を持って見て下さい。

その時、風はどんな色をしているでしょう。空の肌触りはどんな感じでしょう。

あるいは、どこかで一人きりになって、目を閉じて、自分がこれまでに経験した最高の出来事を、できる限り詳細に思い出して、頭の中に再現してみて下さい。

そこはどんなにおいでしたか? 温度はどのくらいでしたか?

眠っている感性に、何を注いでも無駄です。
まずは、感覚を研ぎ澄まし、自分にとって必要なものはなにかを嗅ぎわけるセンスを身につけましょう。

皆さんが今よりもっと「目覚めている!」という実感を持って、音楽に向かえることを願っています。

最後に、私にとって演奏するとは何かをお伝えします。
世の中には職業としての芸術家はたくさんいますが、芸術家として生きている人はそう多くありません。
私は生きるために弾くのではなく、弾くことが生きることそのものなのです。