恋するラフマニノフ

恋するラフマニノフが終わりました。使い終わった楽譜を書庫に戻すのに、これほど後ろ髪引かれることも珍しいです。

この演奏会に際しては、文字通り、弾いて弾いて弾きまくりました。しかしその成果をステージでじゅうぶんに発揮することはできず、悔いが残ります。でも、それをおおきく上回る素晴らしい体験ができました。

ラフマニノフピアノ協奏曲を2作品演奏するのは、ピアニストにとって1日に2度のフルマラソンを走るようなものです。オーケストラパートにも極めて高度な集中力と、雨季の瀑布のような凄まじいエネルギーが必要ですが、ピアニストの負担は比較にならないほど大きなものがあります。

米津は力で押し切らず、勢いで流すこともせず、すべての瞬間に意味合いを持たせるという、彼らしい深淵な表現にしがみつき、それはもう外科医のような繊細さで、愛の脆さや、だからこその尊さを見事に浮き立たせました。

ラフマニノフの作品は、世にも美しい物語です。そして奏者にも聞き手にも、すべての人に人生という物語があります。それらが響き合う奇跡を共有したい。それが今回の演奏会の趣旨でした。

私たちはステージで終始語り合いました。ふだんあまり語らない米津が、ピアノに構えるや否や、名優のモノローグのように語り始めるのです。ぼくはこう生きたい、ぼくにとっての音楽とはこういうものなんだ。その強烈なメッセージを受け止め、呼応するという営みは、非常に人間的で生きる歓びに満ちた時間でした。

そんな我々の対話を見守り、こう聞いて欲しいと願う通りの空気に染まってくださったお客様の寛容さと勘のよさにも感服します。

翌朝、米津から珍しく長文のメッセージが届きました。いつもメールしたってろくに返事も返ってこないのにです。途中で目が潤み、最後まで読み切れませんでした。その言葉を胸に、仙台クラシックフェスティバル最終日の演奏に向かいます。

One thought on “恋するラフマニノフ”

  1. ラフマニノフという作曲家についての知識はほとんど無いのですが、ピアノ協奏曲と言えば、浅田真央さんのソチ五輪の伝説のフリープログラムの曲ということが思い浮かびました。神田さんのエレクトーンがオーケストラの何の楽器から始まるのか、これは、フルート?オーボエ?弦? ワクワクしながら聴いていました。そのうちに、米津さんの力強いタッチのピアノと神田さんの楽器との掛け合いが楽しく、時には殺気だっていて、聴いている私自身も気を失うくらい?のめりこんで聴いていました。神田さんのエレクトーンの音の広がりは、もちろん経験済みですが、米津さんのビアノは力強さだけではなく、繊細で儚く、演奏が終わる頃には、自然に涙が。クラシックの演奏会で、こんなにも大きく心を揺さぶられたのは、久しぶりのことでした。先日の宇部での音楽会では、多くのお客様から拍手をいただき、感動はしましたが、涙は出ませんでした(笑)。ラフマニノフの大曲を2曲も弾くということは、ピアニストにとって、フルマラソンを1日に2回走るよう
    なものと神田さんが書いていらっしゃいましたが、米津さんのビアノには、そんな鬼気迫る気迫を感じました。いつか、山口でもこのような音楽会が実現できたらな~としみじみ思い、演奏会終了後、しばらく席を立つことができませんでした。神田さん、米津さん、ありがとうございました。

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