less than zero

11月3日は東京都稲城市の第九演奏会でした。第九を演奏するようになって十数年。これまで私が出演した第九演奏会は、一回の例外もなくオーケストラセクションをエレクトーン1台で独奏してきましたが、今回初めて弦楽器と打楽器とともに合奏しました。

長年に渡る探求により、エレクトーン1台でもかなり高い演奏効果をあげることができるようになり、独奏ならではの経済性やフレキシビリティなど、突出して優れた点がたいへん好評ですが、完成の域に至るには、更なる探求とエレクトーンそのものの進化が欠かせません。

しかし、今回の編成では、エレクトーンの弱点を見事にカバーしつつ、豊かな臨場感を増大することができ、最高の演奏効果を実現するヒントを数多く得られる貴重な経験となりました。

エレクトーンの弱点のひとつは、音の立ち上がりの遅さと、切れ味の悪さです。それがぴたっとはまる作品もたくさんありますが、たいていの場合、求める音になってくれません。

先日のラフマニノフコンチェルトでも、音楽が高揚し、想定以上の熱を帯びた際には、エレクトーンの発音が追い付かず、音として圧を伴うよりも早く次の音へ移行しなければならないことが多々あり、歯がゆい思いをしました。そのような部分は第九の中にもたくさんあります。

一方、アコースティック楽器は、音のアタックが明確で、跳ねるようなニュアンスや、鋭いナイフで切り落とすような表現も自在。今回、弦楽器の人数は小規模でしたが、生音のエッジと、エレクトーンの膨らみによる相乗効果で、大編成のような質感が生まれました。

また、ティンパニ、シンバル、トライアングルが加わることで、立体感が劇的に増大すると同時に、私自身がリズムに鼓舞され、気持ちがおおいに昂りました。

ところが、いいことばかりではありません。エレクトーン奏者にとっては、非常に厳しい条件での演奏となり、多くの課題が残ります。

今回、エレクトーンは指揮者の目の前に置いてもらいました。これは私にとって理想的なポジションです。スピーカーは当初合唱の後ろにありましたが、音圧が合唱を直撃するのを避けるため、合唱の前に移動されました。

それにより、私には自分の音がまったく聞こえなくなったのです。私とスピーカーはほぼ横並び。私の周囲は弦楽器とティンパニ、そしてすぐ後ろは合唱。自分の音がゼロなだけでなく、自分以外のものがじゅうぶん聞こえるという「less than zero」での演奏でした。さらに、スピーカーはPAを経由しており、いつもの直結時の感覚が通用せず、この環境でバランスを保持することが不可能でした。

さらに、私がエレクトーンの音を出せたのは、最終リハーサルと本番のみ、サウンドチェックや調整には1分たりとも時間が用意されておらず、従って、指ならしの時間もなし。この与えられた厳しい環境の中で最善を尽くさなければなりません。

リハーサルが終り、これは参ったなと思った瞬間、ティンパニの川瀬さんが、私の肩に手をあてて、大丈夫ですか?と声を掛けてくれました。たったそれだけのことですが、このおかげで私は無限の力を与えられ、本番でも動揺することなく演奏できたのだと思います。

また、指揮者の後藤さん、合唱の皆さん、ソリスト、そしてオーケストラの皆さんとは、事前リハーサル、当日リハーサル、本番の3回をご一緒したのみ。つまり一時間半にも満たないお付き合いです。

後から出演が決まった私は、調和の波に乗り遅れ、ひとり電気を使う楽器を弾き、稲城市にも縁がないという、バリバリのヨソモノだったわけですが、第九を共に奏でるという共通項だけで、同じ船で嵐を越えたような連帯感が持てるのが凄いです。

特に本番はエネルギーがほとばしり、ひとりひとりと繋がってアンサンブルしている実感がありました。
また、第一部と第九それぞれに歌った7人の若き声楽家たちも、精一杯の思いを注いで誠実に頑張っていました。よい機会を与えられ、今後の成長にきっと役立つことでしょう。

稲城第九はまだ6回。これから10回、50回、100回に向けて、どんどん盛り上がっていくよう願います。

3rd Nov. 2019 Inagi, Tokyo

Beethoven:Symphony No.9 – 4

The acoustic- electronic hybrid orchestra (13 strings, 3 percussions, 1 electone, many voices)

One thought on “less than zero”

  1. 稲城の楽しく第九を歌う合唱団で実行委員をしております塩崎と申します。
    先日の演奏会大変ありがとうございました。
    今年も第九の最初の音が出た時ほっと致しました。
    神田様におかれましては、音を出す時間も調整の時間もなかったとのことやスピーカの直前の移動など、大変申し訳ございませんでした。今後の参考にさせて頂きます。
    打上げにもご参加いただき楽し時間を共有させていただきました。ありがとうございました。
    神田様の益々のご活躍心よりお祈り申し上げます。

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