楽都仙台

もういいよねって、そろそろ声も掛からなくなるだろうと覚悟していた仙台クラシックフェスティバル。今年も呼んでいただき、3公演で演奏しました。

勇んで曲目を決めたのが春。それから半年の間に私は30年くらい歳をとり、優雅に弾くには体力的に厳しいと感じつつも、仙台の皆さまに弾くと約束したのですから、精一杯準備して仙台へ向かいました。

東京駅。新幹線の改札でまずつまずきました。何度やっても改札を通れません。駅員に尋ねると、10月7日のきっぷだとのこと。ものごとに慎重な私が、このような単純な間違いをするなんて。ショックというよりは、気が軽くなりました。出発まで4分しかないところで変更操作をし、何とか乗車。遅れることなく会場へ着き、浅野祥さんと合流しました。

1ステージ目は浅野祥さんとのアンサンブル。再会は7月の霧島以来。お互いの瞬発力とセンスを試し合おうということで、今回はあえて事前リハーサルなしでのぞみます。とはいえ、未発表の新曲もあるので、直前リハではそこに時間を割こうということにしていたのですが、一発でいい感じになりました。

限られたわずかな時間の中だけで本番のイメージを確立するのは、少々スリリングでもありますが、メラメラと気持ちが湧き上がってくる面白さがあります。浅野祥さんとなら、もし何かが起こっても、どうにでも出来るという安心と信頼があればこそ。

そう思ってはいながらも、いまひとつ本調子でない自分のことが気になります。リハーサルで力尽き、あと30分で始まる本番が明日であってくれたらいいのにと、楽屋でひとり震えていました。

でも、開演の合図ほどの特効薬はありません。浅野さんと共にお客様の前に進めば、どこからともなく力が出て、楽しく弾くわ、よくしゃべるわで、おおいに盛り上がりました。なんとも付き合いの上手いお客様が揃い、会場がひとつになって楽しんでいる雰囲気は最高です。

終演後はそのまま帰京する浅野さんと別れ、私はひとり宿へ。呼んだタクシーがなかなか来なかったこともありますが、会場の前でぼんやりと30分ほどクールダウン。ひとりで食事する元気もなく、この日は朝から何ひとつ口にすることなく終わりました。

そのぶん、翌朝はホテルの朝食をたっぷりいただきました。そしていざ、ソロの演奏会場へ。午前中は物語のある音楽特集。ストーリーを語って、それから弾くという流れで、イメージを心に描きながらお楽しみいただきました。

しばらく時間が空いて、ふたつ目は胸キュンドヴォルザーク。還暦目前の者がスラヴ舞曲をふたつ弾いたら、もう心臓止まりそうですよ。それから「歌いません」と注釈した歌曲を弾いて、いよいよ「新世界より」。

当初は20分版に編曲していたのですが、区切りなく弾くと、何楽章のどの主題なのかが曖昧になり、フランケンシュタイン博士の怪物状態だったので、各楽章の胸キュンポイントをレクチャーしながら紹介していくスタイルにしました。

オーケストラの生演奏で、途中区切りながら聞いていく機会はまずありませんが、エレクトーン独奏ならそこら辺も自在です。ところが、歌曲までに結構な時間が経過してしまい、用意していたレクチャーの半分も消化できず残念でした。もし同様の機会があれば、今度は「新世界より」に特化してやってみたいと思います。

いささか散らかった感じで終わってしまったドヴォルザーク特集ですが、お客様が「やっぱ新世界より、いいよね〜」とお話しされたり、主題の鼻歌を奏でながら笑顔たっぷりに席を立たれる様子を見て、ホッとしました。

全国には「音楽の街」というのがたくさんあります。そこにはさまざまな催しがあって、音楽を大切にしていることが伝わってきます。しかし、本当の楽都になるには、聞き手の成熟が欠かせません。

仙台はまさしく楽都です。気持ちよく弾かせてくださるお客様。すべてを安心して任せられる優秀なスタッフ。せんくらに出ることで、自分が音楽家であるという自覚が得られ、人生を捧げるに申しぶんないことを確信できます。こうしたサイクルが文化を育て、豊かにしていくのだと思います。