ビルボードライブ横浜

ビルボードライブ大阪から1週間。続いてはビルボードライブ横浜で今井俊輔さん中井智彦さんのステージにご一緒しました。

楽しみ上手なお客様と、のせ上手な歌手ふたりの相乗効果で、おおいに盛り上がったライブ。曲目はミュージカル、オペラ、ポピュラー、スウィングなど実に幅広く、スピード感のある展開だったこともあり、80分のステージがあっという間でした。

30周年となる今年は、ひとつひとつの公演にじゅうぶんな時間を掛けて、自分が納得できるものに仕上げて行くと心に決めており、このライブには約半年の準備期間を設けていました。通常、伴奏者は渡された曲目を弾くことに専念するパターンが多いのですが、今回は選曲や構成を決めていく段階から一緒に考える機会を持ちました。

曲目や構成を考える時、私は奏者の立場を忘れてしまいます。自分が弾くことが念頭にあればぜひ避けたい曲目を自ら提案することも多く、今回はそのオンパレード。負荷はかかりますが、よいステージにつながっていますし、自分のレパートリーを広げることにも役立っています。

ただ、準備期間は地獄です。特に慣れない分野の曲目は、いったいどうしたら求める仕上がりになるのか見当もつかず、基礎から学び直しを。実際に準備が波に乗ったのは、歌手との稽古が始まってからでした。

お互いの支え合いもあって、大阪ではいいステージができましたが、その経験を活かして横浜ではより上げていこうと、間の1週間でじっくりと練り直しをして、細かい点を含めれば100ヶ所以上の手直しを加えました。スタジオでできることとしては、満を持してと言えるまでやりました。でも、やったことを本番で出し切れるかというと、それは別の話です。

ビルボードライブの設備は、私の知る限り最高クラスです。スタッフも優秀で、こちらが注文を付けるところはひとつもありません。ならば問題なく弾けるかというと、そうもいかないのです。

結論から言うと、非常に弾きにくく、実に苦労しました。エレクトーンの演奏には精神的な集中力のほかに物理的な操作や状態への集中力が必要で、刻々と変わる楽器の状態を常に把握していなければなりませんが、演出効果によりその確認が困難になることもよくあります。

また、用意されるモニタースピーカーは、全音域をバランスよく再現する性能はなく、自分が聞きたい音は聞こえませんし、メインスピーカーの音が会場を巡って反射するので、遅れて聞こえる音にも悩まされ、耳がまったく頼りにならないのです。

特に厳しいのはオペラアリアのとき。蛇が舌で空気を読むごとく、歌手の気配を微細に感じ取りながら進める演奏において、通常の五感に直接入る情報はむしろ邪魔です。音響担当も、よりクラシックらしく聞こえるよう巧みに調整してくれているのですが、どうしても感覚的にピタリとはまらず、苦しい演奏になりました。

このようなストレスが重なると、生理的に汗がにじみます。これは油を塗った手で空中ブランコをするくらい致命的。アフタータッチをコントロールする度に黒鍵から滑落し、さらに冷や汗という繰り返しでした。こうした環境に左右されず安定した演奏ができるようになりたいもの。課題が残ります。

消耗戦の楽隊とは対照的に、歌手たちのほとばしるエネルギーは熱くも爽やかでもあり、さっぱりと心地よい余韻を残しました。終演後にバックステージへ戻った時のふたりは、ステージを存分に楽しんで満喫して輝いていました。その顔を忘れることはないでしょう。