神田将音楽会 at 首都師範大学音楽庁

謎に包まれた首都北京でのコンサート。時間を追う毎に、すこしずつ全容が明らかになりつつも、ここでお手上げかとくじけそうになりながら、なんとか本番に漕ぎつけることができました。

実は、昨晩から首都師範大学の敷地内にあるゲストハウスに宿泊しています。先生だけでも4,000人もいるというマンモス校だけに、敷地内の設備も多岐に渡っていますが、どの設備も割と古いようです。

ゲストハウスの客室には、一応バストイレが備わっていますが、一般的なホテルに比べると、勝手のわからないことが多くて困惑しました。

空調は使えないし、タオルは1枚しかないし、シャワーのお湯は出ないし、ポットはあっても湯のみはないし、館内電話もつながらないし、テレビもつかないし・・・・・。

そんな環境で、我慢しながら水シャワーを浴びて、冷たいベッドで一晩過ごしたら、起きるなり高熱を出してしまいました。しかも、上記の点は、すべてセットし忘れたか、不具合かのいずれかで、そのほとんどは改善されました。

ただ、まだお湯は出ませんけど、この熱ではいずれにしてもシャワーを控えるべきかもしれません。

それでも朝から食欲はありました。学生たちが列をなす食堂に、一緒になって並び、豆腐粥だの点心だの揚げパンだのと注文してみました。B級グルメどころか、ウルトラZ級。トータルで13円ですから。

午前中は落ち着かない部屋で連絡待ちをし、ちょうど正午に声が掛かって、大学の偉いひとたちとのランチに招かれました。北京なのに学食には四川料理が揃っています。本場の麻婆豆腐が美味でした。

午後からは会場に入り、セッティングとリハーサルです。会場キャパは500席程度と聞いていましたので、想像通りでした。ステージには立派なベーゼンドルファーが鎮座しており、隅っこにSTAGEAが置かれていました。

電源が用意されるまでの間、ベーゼンでラフマニノフを弾いて感触を味わっていましたが、優れた楽器の素晴らしさを実感しました。

続いて、所定位置に据えられたSTAGEAを弾いてみましたが、ベーゼンの自然な響きを聞いた後では、耐えられないひどい音でした。

その理由のほとんどは不十分な音響設備に由来します。ホール両脇の天井付近に設けられたボーズスピーカーと、簡易型のミキサーがシステムのすべてだと聞かされ、私は固まってしまいました。

電子楽器にとって、音響設備とそれを扱う技術者は生命線です。言葉の壁もあって、担当している学生と意思の疎通も十分にできず、しばらくやきもきしながら、時間だけが過ぎ去っていきました。

配線の問題なのか、無視することが到底不可能なレベルのノイズが生じ、とても音楽的な表現をする環境ではありません。また、小さなスピーカーに負荷を掛け過ぎているので、音が歪んでしまいます。

寒くて凍えそうなホール内で、こうした事態に長時間接していたら、私にしては珍しく、弾く意欲さえ失いそうになってしまいました。

こんなひどい音で弾く意味があるのか。初めて聞いた人に、エレクトーンの実力がこの程度だと誤解を与えるのではないか。自分自身が心地よくないのに、心地よい振りをしながら人を酔わせるなんてインチキっぽくないか。

とりあえずノイズは消えましたが、一度気持ちをリセットするため、スタッフの全員に席をはずしてもらって、ひとりで弾いてみました。ミキサーセッティングも、自分自身で調整し直しました。

試行錯誤を繰り返すうちに、まずまずの音になってきました。私の耳が慣れてきたということもあるでしょうけれど、この環境に応じた弾き方にも慣れてきました。

音楽に助けられ気分は元に戻りましたが、体調はますます悪化しています。少し横になりたいと思いましたが、起きられなくなると困るので、本番終了まではこのまま乗り切ります。

身支度をして楽屋に入ったのは開演40分前。開場してからもあまりお客様が集まっていない様子。これほど苦労してガラガラじゃ寂しいです。

開演5分前。係に客席の様子を聞くと、3割程度の入りだとか。でも、すでに演奏モードに入っている私は、入り具合など、どうでもいいという気持ちになっていました。あとはベストを尽くすのみです。

司会者の紹介に促されステージに行くと、満席ではないにしても、半分以上は埋まっています。深々と礼をすると、心と熱のこもった拍手が帰って来ました。その時、いい演奏会になると直感しました。

まずは2曲を弾き、楽器の傍らに立って礼。お客様の反応は上々です。付き合いでする拍手の音ではありません。まずは簡単に中国語で挨拶をし、その後は通訳さんに手伝ってもらって、スピーチをしました。

中国の皆さんも日本の地震のことを大変心配してくれています。その心配に対し心から礼を述べ、皆さんの熱い思いは必ず日本に持ち帰り、改めて日本の人々にお届けすると言うと、また割れんばかりの拍手。これは私たちへのエールだと受け止めました。

中国の皆さんは、私たちがこれほどの危機に直面しても冷静さを保っていると感心してくれているようですが、実際には私たちも心の中では冷静さを失いそうであること、でも、何があろうともまた元気な日本をお見せする決意であることなどを伝えました。

演奏に関しては、とかく豊富な音色や機能に注目されてしまいますが、深い音楽性にこそ着目して欲しいとお願いしました。音楽的表現のために欠かせない機能については、客席から希望者をステージに招き、体験してもらいました。

演奏曲は全11曲。明石に続き、かなりハードなプログラムでしたが、今日は安定した演奏ができました。お客様の集中力も素晴らしく、曲途中の「間」では、空気にほどよい緊張感が漂い、美しい余韻が溶けていきました。

通訳はいつもやさしい袁さん。 演奏が終わった後も、瞬時に拍手を入れるのではなく、絶妙な間を持ってから拍手をしてくれました。終演近くには8割以上の賑わいに。スタンディングオベーションに応えるYKスマイルも健在です。

そして終演後にはサプライズが。とある韓国からの留学生のお母さんが誕生日間近とのこと。仲間たちと一緒にバースデーソングを歌ってビデオレターを贈るのだけど、私にも一緒に加わってくれないかと懇願されました。

もちろん答えはOK!学生たちと一緒にアンサンブルを楽しみました。

結構汗をかいたので、熱もどこかに飛んで行ったかと思ったのですが、やはり気持ちが落ち着くと体力の限界を感じます。弾いている時は絶好調だったのですけれどね。

大学の先生方と、今度はステージで写真。

あやしげな漢方薬も入手しましたので、これから飲んで休みます。明日は日の出前に出発して、4度目の魔都へ向かいます。