奇跡は起こりました。霞町音楽堂「奇跡のコンチェルト」シリーズ第1回《神田将エレクトーンソロ/展覧会の絵》は、まさかの大成功。舞台上から見たお客様の表情と演奏中の空気感は、生涯忘れられないものとなり、これから始まる過酷な12ヶ月の航海を颯爽と乗り切る勇気を与えてくれました。
公演前日。私はヤマハエレクトーンシティのスタジオにひとり篭り、演奏曲目の細部を仕上げながら、本番ステージでの操舵をイメージトレーニングしていました。
演奏に際し、お客様の醸す空気は私にとって極めて重要で、それは航海に於ける天候そのものに当たります。最も好ましい好天は会場が一体になること。一方、大嵐に相当するのは、醒めた空気感です。
前日の段階で、お客様は16名様と聞いており、満席には程遠く、私の人気のなさに打ちのめされながら、シリーズ初日にこんなザマでは、応援してくださる皆さまに顔向けできないと、ひどくショゲておりました。
その様子を敏感に感じ取った両親。正直ふだんはあまり優しくないのですが、この時ばかりは心配が先に立ったらしく、初回のお祝いにお花を出してあげるから、立派なスタンドをひとつ注文しなさいと、前例のない申し出があったのです。これには嬉しさはもちろんですが、自分はそれほど痛々しいのかと、むしろ恥じる思いがしました。
それでも最後まで諦めてはいけないという若いマネージャーの声にも励まされ、穏やかな心を保ちながら最終調整に励みます。醒めた空気に向かって弾くというイメージで、それに耐え得る自分を組み立てました。
そうして迎えた当日。会場に着いてみると、いつの間にか満席どころか、席が足りないという話になっているではありませんか。お客様は天から降って来やしませんので、これこそ奇跡にしか思えません。
ドアオープンしたら、本当に場内は熱気に包まれ、まるでフラメンコシアターの絶頂のよう。しかも、本番などで都合の付かなかった方以外、コンチェルトシリーズでソリストを務めるアーティストたちが集結してくれていたのです。
私は開演前から各テーブルを回り、お客様と対話を楽しみました。「サロンの再現」というのも霞町音楽堂のテーマのひとつですし、お客様のことを知っていれば、より親しみをもって演奏することができ、それは私にとって安心材料になります。
テーブル周回により、音楽好きと音楽の専門家が高純度で集まっていることがわかりました。音楽から最も遠いのは私の両親でしょう。気持ちを引き締めて演奏を開始しました。
霞町音楽堂に備わった新しいエレクトーン。私は、ELS-03Xというモデルで公演を務めるのは今回が初めてです。リハーサルでは特に問題を感じなかった部分でも、全神経を注いでの本番となると、微細なところが演奏に影響を与えるのを避けられないと実感しました。
それはさておき、私はエンジニアではないので正確なことは言えないのですが、とても正常に機能しているとは思えない状態が頻出し、心の中で「メーデー、メーデー、メーデー」と叫びつつも、何とか胴体着陸したという実情は、経験したことのないストレスでした。
そんな傷の多い演奏からでも、いいところをピックアップしてくださるお客様のお心に感謝しつつ、今後は予め準備した通りの演奏をお届けできるようにと強く願います。
最後に、散り際のさくらを弾きました。いよいよ都心の桜も見納めです。私はもうしばらく、しぶとく咲き続けますので、お付き合いいただければ幸いです。
次回コンチェルトシリーズは5月24日。パリにお住まいのピアニスト広瀬悦子さんをお迎えして、ベートーヴェン作曲ピアノ協奏曲第5番「皇帝」をメインに、ショートピースの数々を添えてお楽しみいただきます。
このシリーズの醍醐味は、体験しなければわかりません。例えるなら、大ホールでのコンチェルト鑑賞がグランメゾンでの晩餐なら、霞町音楽堂はシェフズテーブルです。あるいは、大型機での旅と、プライベートジェットでの旅の違いでしょうか。ぜひご来場になり、お確かめください。
ステージ写真:上田海斗









