our ODDYSEY 1

リサイタルODYSSEYの物語は2018年11月、横浜のとあるコンサートホールの舞台裏から始まりました。

中規模ホールでのリサイタルが定番になったことを受け、何か次の一歩を踏み出したいねと提案したのは、2013年に出会った瞬間から一度たりともぶれることなく私を支えてくれた齊藤博之さんでした。

齊藤さんとは、以前よりご縁のあった音楽講師の江原恵美子先生からのご紹介で出会い、どのように演奏会を創りたいか、どのような音楽を届けたいか、その過程と結果双方の考えが一致し、たちまち意気投合したのを、昨日のことのように思い出します。

口だけで理想を語る人なら他にたくさん知っています。でも、齊藤さんが違っていたのは、すぐさま私の演奏会を企画実現したこと。いつか東京文化会館でリサイタルをしてみたいと言えば、まずは小ホールから始めましょうと、1ヶ月もしないうちに日取りを決めてくるほどの行動派なのです。

齊藤さんは周囲の人からアトムと呼ばれています。その理由も知らないのに、私もマネをして、親しみを込めてアトムと呼ぶようになりました。

アトムは私の専属ではありません。東京労音の主要メンバーとして、長年に渡り数えきれないほどの公演を担当して来た人ですから、超大物から駆け出しまで幅広い関わりがあり、公演の表も裏も知り尽くしています。名声や造られたイメージに惑わされることなく、時には大物の評判をバッサリと切り、時には名もない者にスポットを当てたりと、本質を見抜き志を読み取る達人でもあります。ふだんは無口でどこまでもシャイなのに、音楽を語り出したら消防車が必要なほど熱くなる人。そんなアトムに、神田を育てたいと本気で思ってもらえたことが嬉しくてたまりませんでした。

アトムのテコ入れで全国各地の労音で演奏会を設けていただき、数々のかけがえのない出会いに恵まれたのも、感謝しきれないほどありがたいことです。

労音は会員組織を基本としており、会員が会費を持ち寄って予算を組み、鑑賞したいアーティストを選んで、当日の公演運営も行うというスタイルを取っているところが多く、どこへ行っても温かく歓迎してくれます。単独行動の多い私には、その温もりのおかげで安心して舞台に臨めるのがありがたいですし、演奏の手応えを生の声としてフィードバックしてくれるので、たいへん大きな励みにもなっています。

ところが、東京労音は少し事情が違い、通常の興行に近いスタイルを取っているため、チケットの売り上げが直接成否に影響します。私のように無名で集客力のない者は、どこの主催者からも相手にされないのが現実なのに、東京労音の皆さんが私にチャンスを与えて続けてくれているところに感服せずにはいられません。

でも、お情けで弾かせてもらうというのは、私の気質が許しません。主催者あっての音楽家、お客様あっての演奏家です。よい演奏をすることはもちろんですが、きちんと収支に対しても責任感を持ってのぞみ、本当の意味で公演を成功させなければなりません。そのために、大きな組織とアーティストとの間を取り持ってくれていたのもアトムです。

そんなアトムに、横浜の楽屋で「大ホール、やってみたいんだ」と告げたのは、本番前で気が大きくなっていたこともありますし、慌ただしさで分別を失っていたからかもしれません。その時は、時間もなくここで会話が終わりました。

その数日後、アトムから電話があり「大ホール、再来年の5月9日で決まりました。事務局長も委員長もOKしてくれました。あとは神田さんの気持ちひとつです。」と。私はいささか唖然としつつも、目の前に出現したチャンスは決して逃さない生き方をしてきたので、迷わず「ありがとう。謹んでお受けいたします。」と答えました。本音を言えば、舞台裏での「大ホール、やってみたい」は、「還暦の時にでも」くらい長い目線のつもりだったのです。

後日、アトムにそれを打ち明けると、「そうだと思いましたが、すぐに大ホールでOKが出ると思っていなかったので、希望としてぶつけ続け、そのうち観念して認めてくれるって流れのつもりでした。でも、あっさりOK出ちゃいました。これはこれでやるべきかと。俺、また燃えて来ました。」と。そこからアトムと二人三脚での、大ホールへの旅路がスタートしたのです。

〜続く〜

アトムの神田将コンサートは北千住の小さな地下スタジオから。