富麗華という別世界

8月20日は多くのセレブにこよなく愛される中国料理の名店「富麗華」でのランチ&コンサートでした。かねてよりここで演奏したいと願い続けていたので、実現したことをとても嬉しく思います。

よいお店というのは、何かと感心することが多々あるものです。今回のように、催しの出演者として接する場合、ふだん客として利用しているだけでは見えないものを目にすることになります。

そこには表向きに見せているものとは違う世界が広がっていますが、こちら富麗華は、まったく表裏がない上に、客の立場では感じられない温もりを常に向けていてくれていました。

厨房で調理に当たる従業員には中国人がたくさんいるのですが、その誰もが親切で、何を頼んでも嫌な顔ひとつしません。今どき、こんな素朴で純真な心に出会うのは稀なので、それだけで胸が熱くなります。

エレクトーンの搬入時、エレベーターが小さくて載らず困っていたら、厨房の従業員があっという間に階段で運び上げてくれますし、ランチタイムで厨房が戦場と化しているのに、楽屋の私たちにも美味しい点心やそばを出してくれました。

そうして人に助けられ、気持ちを和らげて演奏に向かえるというのはありがたいことです。

本番の演奏そのものは楽しく順調に進みましたが、リハーサルはとてもたいへんでした。

通常なら細かく決められていることも、よく言えばどこまでも自由で、不確定要素が多かったこと。ゲストの伴奏用にあらかじめ準備していた曲目は、ことごとく調性が異なったため、現場で修正することに終始し、自身のリハーサルはまったくできなかったことなど、極めてリスキーでストレスになる状況でした。

ピアノなら、移調して弾くのは難しくありません。もちろんエレクトーンでも、どんな調を指定されても、即座に弾くことはできます。しかし、オーケストラの楽器を複雑に割り当てて作成している音色組み合わせデータは、わずか半音の移調であっても大幅な修正が必要です。

曲のサイズの変更も簡単ではありません。例えば、単純に2番はカットと言われても、そこを弾かないだけでは済まず、該当箇所のプログラムチェンジデータを調整しなければなりません。でも、そうした申し出に対応できなければ、エレクトーンは使いにくいと思われてしまうので、必ず応えることにしています。

てんてこ舞いの舞台裏とは対照的に、お集まりのお客様は優雅で上品な方々でした。豪華なボールルームが活気に溢れ、そこが音楽で満たされるのは、何とも心地よいものです。ステージと客席がボーダーレスなので、コミュニケーションも取りやすい環境でした。

そして、催しのお客様をお見送りした後には、軽井沢公演に向けたリハーサルが同じ場所で行われました。朝一番で来て、楽器の設営をし、データを作り直し、人手が足りずにお客様をお席に案内するアッシャーをやり、本番の演奏をし、軽井沢のリハーサルというか練習に付き合い、私は最後まで残されました。

従業員たちもディナー営業に向けた休憩に入り、ボールルームは静寂に包まれました。ひとり、しばらくぼんやりと座り込んでから、各テーブルに残されたグラスやナプキンを集め、せめて散らかし放題のまま帰ったという印象にならないよう整え、荷物をまとめて退店しました。

久しぶりに大陸での演奏会に臨むあのカオス感をどっぷり味わった一日。ここは港区だけど、紛れもなく中国。どんなに疲れていても、立つ鳥跡を濁さずの気持ちを大切に。

舞台写真:上田海斗