和歌山宮井クラス第1期修了コンサート

昨年の秋からスタートした宮井楽器でのエレクトーン特別レッスンは、9月2日で第1期の最終回を迎えました。まだスタートして1年の若いクラスですが、著しい成長に、教える私の方が驚かされてばかり。最終回は、全体セミナーと修了コンサートと、濃密な一日を過ごしました。

午前中には第1期生全員で1年の総括となるセミナーを行いました。テーブルを並べて一列に座り、私の熱弁を真剣なまなざしとともに聞き入る子どもたち。一言ももらすまいとメモを取る姿は、さながら名門大学生のようでした。

セミナーの内容は、一年の個人レッスンで繰り返し指導してきた事柄が大半ですが、私が何度も何度も求めたその意味を改めて説明することで、一層腑に落ちたのではないかと思います。

昼食を挟んで、ランスルーのリハーサル。互いの演奏に注意深く耳を傾け、全員が一丸となってひとつのコンサートを造り上げるプロセスを学びました。

緊張で心身が硬くなったり、過去の失敗のトラウマに怯えたり、それぞれに心配は尽きない中で、今日はとにかく思い切り楽しもうという気持ちで息を合わせます。

リハーサルを聞く限りは、レッスンの時より格段に表現力が増して聞こえ、知らず知らずのうちに全員が「本番に強いタイプ」に成長していることに気付きました。でも、そのクオリティを本番で発揮し切れるかは、まだ何とも言えません。

予定通りにランスルーを終え、子どもたちは衣装に着替えます。私はこれまで稽古でしか接していないので、衣装を着けたところを見たことがありません。その変身ぶりも楽しみです。

あとは、どれだけお客様が来て下さるか。せっかくの演奏も観客が少ないと盛り上がりに欠けてしまいます。

子どもたちには、ひとり10人は誘うように伝えてありましたが、その伝達にもきちんと応えてくれました。なんと超満員。開演直前まで次々とイスを足して、何とかお掛けいただけたほどの賑わいです。(一週間前に同じ場所で開催した、私のソロコンサート2ステージを合わせた数より多い!)

コンサートは定刻通りにスタート。照明が変わり、司会を務める私がステージに向かい、コンサートの趣旨をご案内。そして1曲目の演奏者をステージに迎えました。

発表会よりもゆとりをもって進行できるのも、このコンサートのいいところ。盛大な拍手に迎えられ、一礼してから楽器にスタンバイします。準備の間、私は演奏曲の解説を。

演奏者の紹介は、あえて名前や学年にとどめました。それは、コンサートでの主役は音楽であって、演奏者の存在感は音楽の存在感の向こうにあるべきという私の考えから。演奏する音楽の価値を高めることによってのみ、演奏者の評価は上がるという原則を体感させるのが目的ですが、子どもたちはその要求にもきちんと応えてくれます。

また、トップバッターはひときわ緊張するものですが、堂々とした華やかな演奏を聞かせてくれました。

その子は、コンクールの店大会の時、同じこの場所で同じ曲を弾き、思いがけないところで大きなミスをしています。その時のショックが尾を引き、同じところが近づくと頭が白くなってしまうことがあると悩んでいました。

大きなミスが記憶に深く刻まれ、体が反射してしまうという現象はよくあります。それを克服するには、成功で上書きするのが一番。それも、あえてトップバッターにすることで負荷を掛けます。

今回もまた失敗すれば、傷はより深くなるかもしれません。そのリスクは承知の上で、私は賭けに出ました。本番では、危なげない演奏で華麗なオープニングを飾ってくれ、奥で見守っている私は、問題箇所をクリアした時、飛びあがって拍手したい気持ちを押さえるのがやっとでした。

第1曲目がいい感じに決まると、2曲目からも流れに乗りやすくなるもの。衣装を着け、見た目にも大人っぽくなっていますが、「この子たち、こんなに上手だったっけ」と私が驚くほど、絶好調の演奏が続きます。

お客様の応援も、どれほど出演者の励みになったか知れません。惜しみない拍手の心地よさは、一生忘れられないことでしょう。また、楽器店の皆さんや、担当講師の方々も、コンサート成功のために汗を流して動いてくれました。

こうしたエネルギーや気持ちがひとつとなり、すべてが演奏に味方したのだと思います。充実した演奏会で全員が主役を務めたことで、大きな手応えを得た子どもたち。この経験も自信につながっていくことでしょう。

8月18日の香川に引き続き、終演後の出演者の笑顔が眩しいほど素敵でした。第1期生は、全員が第2期を受講しますので、来年の秋には、より成長した姿をお見せすることを約束します。

終演後、子どもたちひとりひとりから手紙を受け取りました。ホテルに戻ってから、一通ごとに心して開封するのは、まるで初めての恋文を開く気分です。

そこには、子どもたちの率直な思いが綴られていました。レッスンの時は、ひとりの例外もなく、全員が寡黙です。ほとんど声を発しないので、もし電話で話しても、私は相手が誰だかわからないかもしれません。

そんな時、大人は「感じたことをきちんと言葉にしなさい」と表現を強要しがちです。でも、私は無理に言葉を引き出そうとはしません。私からのメッセージも、言葉で発したこと以上に、行動から読み取ってくれているようです。互いに、言葉を超えたところで結びつき、信頼し合っているという感じでしょうか。

堂々とした真摯な演奏を聞いて、私が伝えたいことはこの子たちなりに精一杯受け止めてくれているとわかっていましたが、手紙を読んで、一層確実なものとなりました。来期も、一途な子どもたちを精一杯支えていきます。