第5回 電子オルガンの為の作品公募 本選

長い一日でした。雪の降る東京で開催された「第5回 電子オルガンの為の作品公募 本選」は、華やかなコンサートとは違い、選考会ならではの厳かな雰囲気が漂い、私にとって、かつてない緊張と違和感の中での演奏となりました。

私が演奏を担当したのは、久保葵さん作曲の「Rremembrance」。若い感性ならではの美しい叙情や、生きる力のようなエネルギーを感じさせる力作です。

久保さんは今回の本選で奨励賞を受賞しました。きっとこれから先に進む上でひとつの自信になることでしょう。

エレクトーンの世界では、編曲やデータ作成を含めた演奏準備を、演奏者自身が行うのが通例になっていますが、自作自演がよいとされる傾向も、他の楽器に比べると格段に高いようです。

自分で作ったものを自分で演奏すれば、作曲の意図やイメージを最大限に発揮できることでしょう。その一方で、作品はいつまで経ってもその作者の手から離れることがなく、広く一般に親しまれるようになったケースは極めて稀です。

この作品公募では、あえて作曲者と演奏者を「分業」にすることで、エレクトーンのための作品が、エレクトーン愛好家の皆さんに広く親まれるためのきっかけ作りになればとの思いもあると聞きました。

また、作曲家が作品に込めたものが、別の演奏家の手によって丁寧に解釈され、命が吹き込まれることで、作曲家自身にも新しい発見がもたらされるはずです。

数日前のブログでも触れましたが、私はこの作品を演奏するに当たり、作曲家の人物像やキャリアについてのリアルな詮索は避け、あくまで預かった手書きの楽譜から得られるものだけを頼りにしました。

こう言っては久保さんに失礼かもしれませんが、作曲家としての経験が浅いことは譜面を見ればすぐにわかります。ベテラン作曲家の作品は、一音ごとの存在感が違います。小説やエッセイに例えるとわかりやすいかもしれませんね。

久保さんの作品は、おそらくご自身が演奏することを前提に書いたものだと思いますので、「演奏家を操って自分の思いを代理表現させよう」という意図がありませんでした。

その点、昨年のリサイタルで初演した石田匡志先生の「幕末」は、譜が私に強烈に語るので、譜面を頂いてから演奏までに、悩んだり考え込むことはひとつもありませんでした。

今回、私はとことん悩みました。何が伝えたいのか。なぜこのように弾かなければならないのか。いくら弾いても見えてこないのです。

更に困ったことに、極めて高度な演奏技術を要求する作品で、年寄りには正直きついという感じでした。ぎっくり腰のおっさんが両足奏法でバタバタと弾くのは、痛々しい限りです。

こんなに暴れて、足腰立たなくなっても、労災はありませんしね。ほどほどに弾くという手もありますが、それでは久保さんにも、この会に対しても失礼です。

私は普段から曲の仕上げは早い方ですが、この曲には4日も費やしました。期間は4日でも、かなり密度濃く接していたので、次第に作品に惚れ込んで来て、今朝ほどからやっと弾くのが楽しくなり、雲に隠れていた作者の精神性も、だんだんと晴れて来ました。

そしてリハーサルのために会場入りした際、初めて作曲者の久保さんと対面しました。想像通り、若くてチャーミングな女性でした。やはりエレクトーン演奏にも力を注いでおり、演奏のコンクールへのチャレンジも視野に入れているとか。穏やかなルックスとは対照的です。

まずは久保さんに演奏を聞いてもらいました。私にとって、それが一番のハードルです。他の人にどう思われようと構いませんが、久保さんのイメージに反するのは本意ではありません。

久保さんは、他人が演奏する自分の作品を聞くのも、今回が初めてだそうです。そこから感じるものは、とても新鮮だったと思います。

私はすっかり気が楽になりました。あとは本番までもう少し時間がありますので、完成度上げる稽古を続けます。

演奏順は作曲者たちがくじ引きをして決めました。「久保さん、1番を引いて!」と念じていたら、本当に1番が当たりました。トップバッターをいやがる人もいますが、何番目に弾いたって自分にとっては1曲目ですから、早い方がシャキッとしていいのです。

それにしても、会場は異様な雰囲気。私はこういう環境には慣れていません。というより、考えてみれば初めての経験かもしれません。ワクワク感もなく、淡々と事が運んでいく・・・

ああ、この雰囲気じゃ調子出ません・・・緊張とは無縁の私ですが、手の震えが止まりませんでした。演奏は傷だらけですし、操作は間違えるし。久保さんには本当に申し訳ないと思いました。

それなのに、久保さんは「神田さんに弾いてもらってよかった」と言ってくれました。

こうした新作を一般のコンサートで演奏する機会はなかなかありません。一回聞いただけではよさが理解してもらえないこともありますし、やはりよく知られた曲が好まれるのが一般コンサートなのです。

でも、せっかく縁あってこうした作品と触れあったのですから、また演奏する機会を持ちたいと思います。そうすることで、私も作品も共にもまれて成長していくのですから。