鎮守の森の竹灯り 長生館

昨日の「鎮守の森の竹灯り」は、幻想的な雰囲気と壮大な空間の中、思い出に残るいいステージとなりました。今回は長生館での一日をレポートします。

新潟県村杉温泉にある「風雅の宿 長生館」へは、私とエージェントのふたりが先に到着し、打ち合わせや準備を進めました。

出迎えた長生館の担当者や音響スタッフとともに、早速屋外のステージへ。何度も見慣れたはずの庭園ですが、特設ステージが組まれているだけでなく、様々なフォルムが切り抜かれた竹が飾られており、まるでいつもとは違った風景に見えました。

この数々の竹に仕込まれたキャンドルに火が灯される時刻になれば、より一層幻想的な景観になることでしょう。私が到着するとすぐ、楽器が運ばれてきました。

まだ日が高く、舞台に直射日光が当たっているので、楽器を出すのは音響セッティングがある程度進んでからにしてもらおうと思っていたのですが、気がつけばもう舞台付近に運ばれて来ていたので、そのまま舞台に上げてもらいました。

音を出すのはまだしばらく先なので、とにかく少しでも日差しを遮るために、運搬用の布をかぶせ、熱がこもらないよう日よけ代わりの蛇の目傘で覆ったところ、舞台裾の紅白幕と相まって、なんともおめでたい見栄えになりました。

続いて音響のセッティングと、客席を並べる作業が進んでいきます。

こうした野外での演奏会は、音響に最も神経を使います。ホールとは全く異なり、反射音がほとんどありません。それを音響で補うにしても、波多江史朗さんはクラシックの演奏家ですので、あからさまな拡声は好ましくなく、あくまで自然に響いているような音響が求められます。

限られた機材の中で最善の音をお届けするために試行錯誤を重ねますが、こればっかりは本番になってみなければ答えはわかりません。スピーカーの位置を調整したり、座席の配置を変更したり、労を惜しまず工夫しているうちに、だいぶ音が落ち着いてきました。

そこでリハーサルは一時休止。庭園ではスイカ割りや、流しそうめん、金魚すくいなどのアトラクションがスタートし、同時に園内を散策するお客様も増えて来ました。

その間に私は森の散策。深呼吸で気分をリラックス。

そして、簡単な腹ごしらえと本番に備えたある程度の身支度を整えました。続いてロビーにでて、馴染みのお客様を出迎えたり、歓談したりして史朗さんの到着を待ちます。

史朗さんは、午後2時まで都内で演奏会があり、それが終了し次第、新幹線に飛び乗って新潟に向かうことになっています。予定通り新幹線に乗車したとのメールも届き、まずは一安心。本番へのイメージを膨らませてもらおうと、準備が整った庭園の写真を携帯メールで送りました。

ところが、届いた返信には「おお!」とステージに感嘆するフレーズの他に、「ごめん、ソプラノ忘れた」との文字が。今回はアルトサックスとソプラノサックスの2本を持参することになっていました。楽譜は忘れることもあるかもしれないと思い、史朗さんの分もしっかりプリントアウトして来ましたが、まさか楽器は用意していません。

でも、当初からアルトだけで吹けるプログラムを組んでありましたし、ソプラノ用にアレンジしたレパートリーについても、念のためアルト用に移調したスコアとパート譜を用意して来たので、まったく問題なしです。

私が通称「ライブラリー」として重宝がられる所以は、こうしたところにあるのかもしれません。先日は、こんなこともありました。著名な弦楽器奏者の伴奏ピアニストからメールがあり、リサイタルで急に曲目変更になって、私がかつて編曲した作品を演奏することになったのだけれど、今手元に楽譜がなくて困っているので、その伴奏譜を至急会場にFAXして欲しいとのことでした。

その時、私は北海道で自分の演奏会のリハーサル中でしたが、パソコンに入っているファイルをすぐにFAX送信することで、数分後には楽譜を無事に届けることができた、という具合に頼られています。なのに、自分の楽譜はどこかに忘れたりするんです。やはり、私は人を支える役が向いているのかもしれません。

さあ、史朗さんが長生館に到着しました。落ち着く間もなく、すぐにリハーサル開始です。本番スタートまで残された時間は45分ほどしかありません。

まずはサクソフォンの音響をチェック。やはり、屋外環境は大音量を出せる管楽器にも過酷です。増して、史朗さんのように美しい音色が魅力の演奏家には非常に厳しいようです。音楽的に盛り上げようとすると、一生懸命吹いてしまうので、息や体力の消耗が激しくなります。かといって、ホールの時と同じ感覚で吹いたら、まるで気のない演奏のように聞こえてしまいます。

そこに私がどう寄り添っていくかも感覚をつかみにくくて苦心しました。特に男同士でのステージですから、互いにぶつかりあうようなエネルギッシュな雰囲気も出したいところですが、下手をすると史朗さんの音をかき消してしまいます。

また、気温や明るさの変化でどのような違いが生じるのかや、お客様が入った状態になるとどう変わるのかなど、未知なことも多く、なかなか音楽的な工夫に神経を持っていけないまま、リハーサルはタイムアウト。あとは本番に賭けるしかありません。

すでに食事を終えたお客様が庭園の席に集まり始めたところで、私と史朗さんは身支度の仕上げに急ぎました。

それからすぐ、気持ちを引き締める間もなく、本番が始まりました。まずは私のソロを3曲。演奏を始めてすぐ、お客様がいることで、音の感じは格段によくなっていることがわかりましたし、皆さんとてもリラックスして、いい「気」を私に送り返してくれますので、すぐさま気持ちよく演奏に集中することができました。

こうなれば、もう私のペースです。鎮守の森も音楽の魔法に掛かりました。

史朗さんがアカペラでアルトサックスを吹きながら、竹灯りの森の中から歩いて現れると、客席からは大きな歓声が上がりました。

史朗さんの旋律に私の鍵盤がからみ、史朗さんが舞台に上がったところで、盛り上がるという趣向です。それからトークを交えつつ、皆さんがよくご存知の曲ばかりを13曲演奏しました。

照明はピンスポットと竹灯りのみ。時折木々の葉を揺らす程度の風が吹き、夕暮れに心地よく感じます。お客様は団扇を片手に、思い思いに真夏の夜を楽しんでいました。

演奏会が大成功に終わった後は、大女将さんやスタッフとともに夕食。史朗さんにはまず温泉で汗を流し、浴衣に着替えて登場。史朗さんはビール、私は湧水で乾杯して、長生館自慢の料理を味わいました。

それから史朗さんは日本酒を3合飲んでご機嫌に。大女将さんも喜んでくれましたし、お客様からもおほめの言葉を頂き、ハッピーな一日でした。