ものを大切にする

元来、私は新しいもの好きで飽きっぽく、どんなに望んで手に入れても、しばらくすると新しいものに目移りしてしまう性格です。

しかし、今、私の身の回りにあるものは、長く愛用しているものが多くあり、それらは実際の使用年月を考えると、新品同様の状態を保ち続けています。

たとえば、筆記用具や腕時計などは、私がこどもの時から愛用し続けているものや、成人式の時に譲り受けたもの。

こうした宝飾品の類は、末代まで受け継ぐことを意識して、当然のように大切にして来ました。

でも、トレンチコートや靴となるとちょっと事情が違います。

この前の冬にも何度か袖を通したコートは、16歳の春に購入したものです。すでにほころびもありますが、デザインが気に入っていて、手放せません。
体型が当時とさほど変わらないというのも、努力のたまものです。

靴は、10代でミラノの職人に注文したものを、今でも大切に履いています。ちょっとした自動車と靴が同じ値段なんて、当時は誰もが呆れる話でしたが、20年以上を経てもまったく型崩れせず、見事な艶を発する革を見れば、逆に誰もが納得することでしょう。

このように、末長く愛着を持ち続けられる品物だけを所持することは、決して贅沢ではなく、人生の糧として価値ある投資だと思っています。

たとえば、かつてぜんそくに苦しんでいた私を、よりよい姿勢で歩かせてくれたのは、ミラノの靴。
芸術品といって過言でない食器の数々は、ものを丁寧に扱うことの意味と、その際に必要な美しい所作へと導いてくれました。

大切に扱うからこそ、それらは長持ちします。
心を込めて扱うからこそ、うっかり破損することもありません。

こうした、ものを扱う際の丁寧さは、何も一級品に対してばかりでなく、身の回りにあるあらゆるものに注ぐことができます。
そうすることで、ものに対して気分よく接することができ、無駄もなくなるので、最終的には大きな節約につながります。

特に音楽を学んでいる若い皆さんにお伝えしたいのは、身の回りにあるすべてのもに細やかな気配りをする精神性が、ひいては自分が奏でるすべての音に対して心が行き届いているという状態につながること。

常に落ち着いた動作を心がけ、心にちょっとしたゆとりを持ち続けることが大切です。
すべてのものを丁寧に扱うことで、一音ごとに命が宿った音楽に、一歩でも近づいて下さい。