3/1 東京リサイタル

3月1日に東京文化会館で開催したリサイタルは、予想外の盛会に終えることができました。ご来場の皆さまや、遠方よりエールを送ってくださった皆さまに、心より感謝いたします。

お伝えして来ましたように、今回は突然の体調不良により、予定していたプログラムを変更しての開催となりましたが、ご来場予定だったすべてのお客様がお越しくださり、たいへん温かいまなざしと期待に包まれ、最高の幸せを感じながら演奏させていただきました。私が滅多に口にすることのない言葉で表現しますと、まさに感無量。今も思い出すと胸が熱くなります。

中止を検討する必要を感じた時は、もうここで私の音楽人生も希望もすべて潰えたと自覚し、次の瞬間には周囲に掛ける迷惑にどう落とし前を着けるかを考えていました。それを受け入れる準備を整えてから、主催者に現状を伝えたところ、全力で応援するから、無理のないところで実施しようじゃないかと言ってくださったことで、もう一度ステージに上がる決心が着きました。

周囲のお膳立てが形になっていく中でも、私の稽古が思うように進まず、苦しい日々が続きました。まるで音楽から拒絶されているようで、日ごとに舞台が怖くなっていくのです。それでも諦めずに努力を重ね、前々日になってやっと、これなら自信を持って演奏できるというところまで完成させることができました。

あとは、2時間のステージをどう乗り切るかです。30分弾いたら60分は休まないとならず、予定曲をすべて通して弾くことは、とうとう前日にもできませんでした。できるだけ体力を消費せず、本番に向けて集中力を高めることに専念する必要があることは、周囲にも伝わっていたらしく、いつもはあれこれと口を出す親たちが、邪魔してはいけないと無言を貫いている様子に胸を打たれ、絶対に途中で倒れたりしないと心に誓ったのです。

しかし、当日会場に入れば、私はプロの演奏家であり、公演のかなめにならなければなりません。いくら気を遣ってもらっていても、代わりにリハーサルをしてもらうわけにはいかず、長時間をステージで過ごすことになります。あとは運に任せてぶっつけ本番というのもひとつの選択ではありますが、それは最後の手段。自信を持って本番を務めるためにも、本番通りのことを一度はやっておきたいものです。

初めて使うスピーカーの音はステキですが、鳴り方の特徴をつかむまでは弾きにくく感じますし、刻々と変化する照明はどれほど効果的であっても演奏の集中力を削いでいきます。それに慣れることがリハーサルの目的ですので、限りなく本番と同じ状態で演奏していきますが、第1部を通したところで限界を感じました。しばらく休むかと提案されましたが、10分の休みの後、第2部のリハーサル。限界の先はどうなってしまうのかと心配だったものの、それ以上厳しくなることもなく、むしろアンサンブルの後は回復が感じられ、共演者に加わってもらって本当に良かったと思いました。

リハーサルを終えると、開場まで1時間ほど。いつもなら最終調整に勤しむところを、休息に徹し、開場してからタキシードに着替えを。腕から痙攣していて、スタッドボタンが留められず、右往左往してたらなんだか泣けてきて。でも、大丈夫。私にはお客様がついているのですから。

第1部が開演し、ステージへ。前からの照明で客席は見えませんが、熱い拍手に迎えられ、すっかり不安は消え去りました。落ち着いて楽器に向かい、丁寧に準備を進め、完璧に仕上げてある作品を演奏し始めます。でも、すぐに音質に違和感があり、注意がそちらに取られ、気持ちよく弾くというより、不測の事態に対処する格好になってしまいました。

直前に音質の調整をしてもらったことで、響きのバランスも変わり、まるでリハーサルと本番の間にオーケストラの団員がすべて入れ替わってしまったかのような状態になったのです。通常、私の演奏会ではPAを通さず、エレクトーンとスピーカーを直結するので、音量は自分の支配下にありますし、スピーカーの音質を調整することはなく、すべてタッチでコントロールしていますが、PAが入るとそれらはエンジニアの手に委ねられます。

今回のエンジニアは非常に優秀で、私の意図もよく理解してくれているのですが、もっと細部を詰めるべきでした。私の余裕のなさが、早くも演奏を崩していくことになるとは。音響の調整は、料理で言うところの「塩加減」。嫌われてもいいから、もっとこだわらないと。

というわけで、1曲目は元気だったのですが、予定より多くの神経を使ってしまいました。ちょっと長めにトークを入れさせてもらって、2曲目、3曲目は徐々に落ち着いていったものの、まだ絶好調には至らず。後半は一番厳しいコンデイションで、何度か気を失いそうになりました。

このままでは重い空気のまま休憩時間になってしまいそうでしたが、そこに一人目のゲスト、ジョン・ハオさんが登場。短い有名アリアを1曲歌ってもらっただけですが、客席の空気は一気に華やぎ、狙い通り、とても盛り上がった雰囲気に。こうして第1部はジョン・ハオさんに救ってもらったのでした。

15分の休憩は着替えをするだけで終了。でも、ここまで来ればあとは2曲。いける。東京ドーム公演時の美空ひばりさんはもっと厳しいコンディションだったんだろうなと想像しながら、自分なんて楽なもんだと言い聞かせて第2部へ。1曲目前半は腕の震えが気になって、バランスが定まらない感じに悩まされましたが、後半から落ち着きました。そしてまた長いトークで整えて、いよいよ終曲、玉村三幸さんのフルートとの協奏曲です。

今回のリサイタルは、ここがメインと決めていました。ただ伴奏役をするのでは、リサイタルの曲目に加える意味はありませんが、玉村さんとなら対等にできますし、ここに加わる意味をきちんと理解して演奏してくれます。素晴らしいソリストはたくさん知っていますが、自分の役回りをわきまえて、適切な振舞いができるソリストは、実はあまり多くありません。玉村さんはそれを持っているのです。それでいて手抜きなどせず、圧倒的な演奏をしてくれます。実際、その通りにやってくれたので、私は本当に気持ちがよかったですし、無駄な体力も使わず、安定して弾けました。

こうして全曲を演奏し終えることができ、お客様、共演者、スタッフの皆さん、そして支えてくれた主催者や家族の存在を、心から誇りに思いました。終演後、ロビーに出るのは不可能と予想していたのですが、やっぱり皆さんの顔が見たくて出ていきました。

帰宅してからも余韻が続いています。気分は最高ですが、体調に関しては、これから約2か月かけて対処してまいります。来週、アンサンブルの演奏会に出たら、5月までお休みです。忘れられないよう、時折何かを書きたいと思います。

One thought on “3/1 東京リサイタル”

  1. 神田さん、リサイタル大変お疲れ様でした。夫からも演奏会すごかったと聞きましたが、ブログを読みますと、神田さんの演奏会までの準備はまさに死闘、演奏会を創り上げるまでの様々な出来事を読みますと涙が出ました。コンサート中に何度か気を失いそうになったと書かれてあり、体調不良のことが大変気になっています。宇部では、みんな神田さんのことを応援していますし、神田さんとの共演を楽しみにしています。今週3回目の合唱練習ですが、みんなでハモるととても気持ちが良いです。毎回、佐藤華純先生の注意を一言一言聴き逃さずに書きとめ、楽しく真剣に取り組んでいます。神田さんに再会する時には、「あー、ま、いいんじゃない?」くらいのお褒めの言葉がいただけるよう、みんなで頑張ります。   私が口出しすることではありませんが、来週のアンサンブル演奏会の終了後は、少し休まれて、どうかお身体の治療をよろしくお願い致します。神田さんの命は神田さん一人のものではなく、宇部市、いえ日本中、いえ世界中?のみんなのものです。お身体が良くなってから、「喝」をお願い致します。(ちょっと怖いですが)  どうぞどうぞ、本当にお身体をお大事になさってくださいませ。

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