白ごはん

早朝の首都高速湾岸線は、東京を象徴する風景のひとつ。かつて毎月のレッスンで和歌山に通っていた頃を思い出し、みんな元気だろうかと懐かしみました。

空港の賑わいも昔とは様変わりして、朝から多くのトラベラーでごった返しています。心の通うふれあいがあった利府から戻ると、やはり都会の接客にはどことなくトゲを感じます。

表情は柔らかいのですが、言葉の選択に本心が透けてしまう。これが東京の品格かと思うと少々恥ずかしいのが正直なところです。最近の航空会社は、命を預けるには値しなくなってきました。鉄道会社もそうかもしれませんが。

さて、広島空港へ向かう便は定刻通りに出発し、何と予定より20分も早く到着。計画よりも12時間遅れての広島入りとなりましたが、ここまで来れば演奏会には間に合いますので、一安心。送迎車で呉の会場へと直行します。

この日のホールが呉市役所の中にあることは、現地に着いて初めて知りました。もっと古くて薄暗いホールなのかと想像していたので、新しくモダンな造りを見て、なぜ古いものをイメージしていたのかが不思議に思われました。

すでにステージにはエレクトーンが設置されており、舞台から客席を見ると、紅いシートと壁の間接照明がとても華やかです。でも、客席から見る舞台は、いたってシンプル。

今回はクラシカルなコンサートということで、特段の照明演出などは入れません。前日のリフノスが豪華フルーツパフェなら、呉は一膳の白ごはん。一瞬ギャップに戸惑いましたが、もちろん新米炊き立てのようにご満足いたけることを目指して、演奏で勝負です。

ソロのリハーサルを済ませたところに、ちょうど澤原行正さんが到着。5月に軽井沢でご一緒したので、さほど久しいという気もせず、まるで昨日も一緒だったという感じに、自然と打ち解けました。

共演というところには、まったく不安はないのですが、互いのスケジュール的に事前のリハーサルが組めなかったため、この当日リハーサルが唯一の機会です。

プログラム中、一緒にやったことがあるのは1曲だけで、あとはすべて初めまして。特に、澤原さんが呉でやるならぜひにと提案してくれた藤井清水作品の2曲は、私にとって初挑戦なので、解釈が間違っていないか一度は確認しておきたいところです。

プログラムが決まった際に、澤原さんが普段ピアノ伴奏でお使いの楽譜を整理して送ってくださったので、そちらを参考にエレクトーン用に編曲。一部、エレクトーンならではの工夫を加え、イントロや間奏などのサイズを変えたところもあり、事前にその楽譜を澤原さんに送ってありました。

でも、楽譜からは、いったいどんな音が出てくるのか、想像できないのがエレクトーン。基本的に共演者が困惑するような手の加え方はしませんが、ちょっとびっくりするところがあるかもしれません。その反応を伺うのも楽しみのひとつですけどね。

そんなところで始まったリハーサルですが、何ひとつ問題もなく、スムーズに進みました。澤原さんとの共演は、本当に安心です。そうしてくれたら嬉しいというところはしっかり汲み取って歌ってくれますし、歌手としての要望もきちんと歌で伝えてくれるので、意思疎通がしやすいのです。

とにかく、今回は澤原さんの故郷での演奏会ですから、絶対に恥をかかせるわけにはいきません。私の入れ込みもまた、かなりなものです。

今回は自由席。早い時間からお客様が列をなしてくださり、開場と同時にホールは賑わいました。実際の場所で好きな席を選んで座れるのが自由席のいいところですね。

広々とした空間で音の広がりを楽しんでいただきたいという思いで、予定していたお客様の数よりも大きな会場を使いましたので、ゆとりを持ってお掛けいただけたのもよかったと思います。

この日、舞台裏では菊池玲那がステージマネージャーを務めていました。1ベル鳴らしますか?など、私に気を遣って逐一確認してくれるので、あなたの仕切りだから好きに決めてと言いました。

実際、任せておいて何も心配なく頼りになります。いろいろ経験して立派になり嬉しい限り。本番中に私が想定外のことをやり始めても、袖の隙間からちゃんとシグナル送ってくれる。そんな気の利くところもなかなかです。

澤原さんとの共演は、とにかく気持ちがよく、ストレスフリーでした。お客様の反応も素晴らしく、いい演奏会になったと思います。

カンツオーネ、日本の歌、オペラアリアなどなど、声の魅力をたっぷりお楽しみいただき、合間のトークも盛り上がりました。やはり日本語の歌がいくつか入ると、皆さまホッとなさるようですね。オペラアリアのドラマっぷりも引き立ち、ひとりの歌手でこんなに幅広い世界観を醸しえるということが伝わったことでしょう。

最後に主催の城谷智子先生から花束を頂戴しました。ささやかな演奏会ではありますが、いざ主催するとなると、たいへんなご苦労がおありだったはずです。城谷先生の周りにいらっしゃる方々もたいへん協力的で、万全の準備で迎えてくださいました。私たちがよい音楽をお届けできたのは、裏で支える皆さんのお力によるもの。感謝いたします。

写真:上田海斗

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