孤独の背中

深川では元気に調子よく弾いて来ましたが、終演後は安静に努めています。体調不良に自覚はなく、いつまでもどこまでも弾いていられそうな気分で、現実にもその通りなのですが、ひとつ大きな役割が済んで、ここらで一息と気を緩めた途端、全身の神経を抜き取られたかのように体が動きません。

横になって天井の一点を見つめながら、こんなコンディションでよく弾いて来たものだと、我ながら感心しつつも、こんなことの繰り返しでいいのだろうかと不安にもなります。

音楽に限らず、人は夢中になると我を忘れるものです。そして、どこかからあるはずもない力が湧いてきて、できるはずもないことを実現してしまう。

これが恐ろしいのは、自分で自分を過信しがちになりますし、周囲から当たり前のようにできるものだと見られてしまうことです。だとしても、努力が報われるのなら、それで構わないと思っています。ただ、徒労に終わるとしたら、それほど虚しいことはありません。

深川から戻り、目下、北千住と仙台の準備に奮闘中。電池切れのスマホに例えるなら、何パーセントか充電出来たところで、加熱するような負荷の高い使い方をして、またすぐ電池が切れて充電、という流れの繰り返しです。

北千住は「展覧会の絵」と「新世界より」の二本立て。サロンには過分な作品ですが、サロンらしく聞きどころを丁寧に解説しながら、大作の圧力を全身で体感いただく趣向で開催します。ステージ上で管弦楽団の中に陣取らなければ経験できない貴重な機会だと思うのですが、お客様の集まりは悪く、人数的に見ればとても努力に見合いません。

でも、お客様の人数はどうでもよくて、こんな企画にお付き合いくださる方々がわずかでも世の中に存在することが嬉しいのです。それに、エベレストとK2に連続登頂みたいな無謀をやろうという意欲が自分にはまだあり、それがいい感じに仕上がっていることに、生きている実感を覚えずにはいられません。

体力はとっくに限界を超えました。でも、そこから見え始めた音楽というものが確かにあります。その景色を誰かと共有したい。北千住はそんな思いでやっています。よかったら覗きにいらしてください。おもてなしの心でお迎えいたします。