アントニン・ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 作品95「新世界より」(1893年)
Antonín Dvořák : Symphony No.9 in E minor Op.95 “From The New World”
- 第1楽章 Adagio – Allegro molto
冒頭の静かな動機が、これから始まる果てしない物語を予感させます。序奏がシンフォニーらしい熱量に盛り上がると、全楽章に用いられる重要な主題が奏でられるので、まずはそのカタチを記憶に留めましょう。次にずっとベースが同じ音の、暗めの主題が来て、牧歌的で優しい主題につながっていきます。こうして第1楽章の主題が出揃うと、もう一度印象付けるために繰り返して演奏されます。そして各主題がさまざまに入り混じり変奏されながら、スピード感あふれるクライマックスへと至ります。
- 第2楽章 Largo
コラール風の前奏に続くのは、世界で最もよく知られたクラシック音楽といっても過言ではない名旋律が聞こえてきます。この旋律はドレミファソラシのうち、ファとシを使わずに書かれているのですが、これは心に沁みる旋律に共通している秘密のひとつです。中間部はちょっと悲しげな主題に変わり、ピチカートが涙の落ちる音を模す場面もあります。急に森がざわめき出すと、第1楽章の主題が堂々と響き渡り、ふたたび郷愁の旋律へと還っていきます。後半、音楽がにわかに途切れ、無音の静寂が挟み込まれる場面は、なんとにくい演出だろうと唸らずにはいられません。
- 第3楽章 Scherzo (Molto vivace)
アメリカに住むドヴォルザークが故郷のボヘミアを思う時、鉄オタのドヴォルザークなら、船でなく鉄路で結ばれていたらいいのにと考えないはずはありません。この第3楽章は、まさにアメリカとボヘミアを結ぶ真夜中の超特急列車のようで、現代の新幹線並みの疾走感が魅力です。途中の車窓に牧歌的な風景が広がったかと思えば、猛スピードで終着駅に滑り込み、急に速度を落として停車する様子もまた爽快です。曲想は緩急に富んでいるように感じられますが、実は常に速度は一定で、聞き手が錯覚するように工夫されているのはさすがです。
- 第4楽章 Allegro con fuoco
この楽章も鉄道モチーフが満載です。まず始まり方は蒸気機関車の出発そのものですし、途中に一度だけ使われるシンバルは、ブレーキのシューッという音にしか聞こえません。一方で、耳に馴染む主題ばかりでわかりやすく、変化に富んで退屈する暇がないこともあって、この楽章だけでもたいへん人気があります。しかしやはりシンフォニーは全楽章揃ってこそ。1楽章から聞き続けると、はるばるここまで到達したという気分が高まりますし、さまざまな風景を経由してこその終楽章だと納得がいくことでしょう。大河小説を50分で読み切るのは困難ですが、音楽なら50分で生涯の旅を振り返ることができる。そんな気づきがあるかもしれません。
モデスト・ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」ラヴェル-神田将編(1874年作曲/1922年管弦楽編曲)
Modest Petrovich Mussorgsky:Tableaux d’une exposition(ED:M.Ravel, Y. Kanda)
プロムナード Promenade
壮麗で気品があって、展覧会に進む高揚感と、気持ちを落ち着かせる抑制感がほどよく混ざり合い、この組曲のメインテーマ的な存在感を示しています。このテーマは組曲の中で5回変奏されるほか、終曲にも登場します。
グノーム(こびと) Gnomus
プロムナードからアタッカ(間髪入れずすぐ始まる)で、大理石の立派な回廊(勝手な想像)が、イタズラ好きで小賢しい精霊の世界に一変。急速でインパクトのあるモチーフ、不気味な静寂を感じさせるモチーフ、じわじわ迫る怪しげなモチーフなど、ホラーテイスト全開。ラストの急展開はまるでアトラクションです。
プロムナードll Promenade
冒頭では金管で歯切れよく奏でられたプロムナードのテーマが、ホルンのソロと優しい木管により、穏やかに流れるように聞こえてきます。
古城 Il vecchio castello
吟遊詩人が前にするのは中世の古城。もう住む人はいないのか、仄暗く霧のかかったような曲想に終始します。低音は最初から最後までずっと変わらず「ソ」のシャープ。組曲の中で最も抒情的な一曲です。
プロムナードlll Promenade
冒頭同様に金管が華やかにテーマを奏でます。荘厳さよりも明るくフレッシュな雰囲気があり、途中で途切れるように短く終わります。
テュイルリーの庭(遊びの後の子供たちの口げんか) Tuileries – Dispute d’enfants après jeux
パリ1区、ルーヴル近くの宮殿の庭で遊ぶ子どもたち。ちょっとしたことから口論が始まり、次第にエスカレート。でも、いつの間にか何事もなかったように仲直り。どこにでもある風景が軽快で味わいのある音楽になりました。
ビドロ(牛車) Bydlo
まるで足枷を付けられているかのように、重々しいリズムに引きずられながら聞こえてくる音楽は、ちょうど「テュイルリーの庭」と対極にある作りになっています。宮殿に遊ぶ頑是ない子どもたちと、無慈悲にも虐げられる人々の対比。これもまた世の現実なのでしょうか。
プロムナードlV Promenade
冒頭「プロムナード」のテーマの1拍目と2泊目を無音にし、長調から短調へと姿を変えて奏でられます。虚しさや無情さを思い起こさせ、深い喪失感が迫ります。
卵の殻をつけた雛のバレエ Ballet des poussins dans leurs coques
一転してコミカルな曲想に。見えてくるのは、殻を付けたままの雛に扮した子どもたちのバレエ。ヒヨコや親鶏の声を模した音や、ぎこちなく動き回る様子などが巧みに表現されており、とても短い曲にしてはなかなか弾きにくい難曲でもあります。
サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ Samuel Goldenberg und Schmuÿle
金持ちのユダヤ人と貧しいユダヤ人。最初は高圧的に人を見下し意地の悪そうな金持ちのテーマ。続くのは卑屈でみすぼらしい貧乏人のテーマ。貧乏人の声に金持ちの声が覆い被さり、ついには掻き消されてしまいます。
リモージュの市場 Limoges – Le marché
活気ある市場の様子を背景に、ところ構わずけたたましく自己主張する女たちの姿をシニカルに描いた一曲。休みなく続く細かいリズムや、少し調子はずれにも聞こえる個性的な音形は、組曲全体を通して最も難易度が高いと見ることもできます。
カタコンベ(ローマ時代の墓) Catacombae – Sepulchrum Romanum
旋律と言える部分はごくわずかで、和音と強弱の変化のみを用いて、叫びと鎮魂の全容を表現しているところに惹かれます。目立つ曲ではありませんが、ムソルグスキーらしさが色濃く刻まれ、組曲全体の重心になっているようにも感じます。
死せる言葉による死者への呼びかけ Cum mortuis in lingua mortua
「プロムナード」の変奏に始まりますが、もはや「プロムナード」の活力はなく、太陽系の果てに達したボイジャーが見た景色のように、生命がなく光さえも微弱な空間を彷彿とさせる雰囲気があります。後半には安定した水平線が姿を現し、この世ではない場所に達した感覚に包まれます。
バーバ・ヤガー(鶏の足の上に建つ小屋) La cabane sur des pattes de poule – Baba-Yaga
平穏を打ち破るのは、魔女「バーバ・ヤガー」の牙でしょうか。人喰い魔女が荒れ狂う騒々しさと、気付かぬうちに忍び寄る不気味さが描かれ、今にも喰われそうな緊迫感に達したところで、間一髪ワープする仕掛けになっています。
キエフの大きな門 La grande porte de Kiev
壮麗で華やかな主題は、クラシックに疎いという人でもどこかで耳にしたことがあるでしょう。「友よ、お前は偉大だった!」という声が聞こえてきそうです。力強さが突如途切れた後の虚空のような響きにはなんとも言えない切なさがありますし、「プロムナード」を通って最高潮に達する道のりには、死を超越して友を讃える心が溢れています。
