9月21日(日)は、広島へ日帰りレッスンに行ってきました。夜明けギリギリまで編曲に勤しみ、冷たいシャワーでキュッと引き締まってから空港へ。刺激を求めて熱心にレッスンを受けてくれる皆さんと接していると、疲れも吹き飛びます。帰京の最終便では、テノールの澤原行正さんと同じ飛行機に。こういう偶然はワクワクします。
そして22日からは北海道は空知での第九公演に出掛けます。7月に顔合わせの機会があって以来、合唱団の皆さんがどんな進化を見せてくれるのか、とても楽しみです。
第九の前にはエレクトーン独奏を。こちらも「新世界より」全楽章を提案していましたが、宍粟同様、採用されず、「フィンランディア」「アランフェス協奏曲」「展覧会の絵」の3曲を演奏します。
「展覧会の絵」も大好きな作品ですが、なかなか演奏機会がなく、最後に弾いたのが2023年の暮でしたので、ほぼ2年ぶり。一度は暗譜していたものの、久方ぶりに紐解くと忘れている部分が多く、ほぼ一からやり直しです。
でも、こうした偉大な作品に何度も「初めて出会える」のは幸せなこと。ワクワクしながらゆっくりと音と戯れ、前回とはまた違う新しいアプローチを愉しんでいます。
「展覧会の絵」はご存知の通り、原作はピアノ独奏曲です。ピアノ独奏曲でありながら、まるでオーケストラで演奏されることを運命づけられているかのような側面を持っていますが、作曲者によって管弦楽編曲がなされることはありませんでした。
この極めてダイナミックで強烈な重力を持つ曲を、作者がピアノ独奏曲としてそっとしまっておいたのはなぜなのか。そんなところにもミステリー風のロマンを感じさせられます。
エレクトーン編曲にあたっては、M.ラヴェルの管弦楽編曲を基にしました。ラヴェルの魔法がもたらした色彩と広がりはそのままに、独奏ならではの無骨さを持って弾くことで、ピアノ独奏にも管弦楽演奏にもない新しい味わいを出したいと思っています。
この作品は、みんなで奏でるより、ひとりの男のモノローグである方がいい。私はそう解釈しています。無駄に感情を注ぎ込まず、ありのままに静かに友を回想する。その時、私ならシングルモルトだけど、ムソルグスキー的にはウォッカなのかな。そんな無意味な妄想もまた、過去の作品を嗜むにはいい肴になりますね。
【9月23日 深川での演奏曲目ノート】
ジャン・シベリウス:交響詩「フィンランディア」作品26(1899年)
Jean Sibelius:Finlandia Op.26
前半は凍りついたシビアな空気が描かれ、諦めや失意が滲みますが、一度希望の種が芽生えると、それが一気に膨らみ勇気が勇気を呼んで熱くなり、堂々たるフィナーレを迎えます。特徴的なブラスの同音反復と歯切れのよいティンパニが醸す気高さと、木管とトレモロストリングスによる中間部の慈愛に満ちた優しさに、いつも弾きながら鼓舞され、どんなに疲れていても弾けば元気になれる曲です。
ホアキン・ロドリーゴ:アランフエス協奏曲 第2楽章 アダージョ(1939年)
Joaquín Rodrigo Vidre:Concierto de Aranjuez II Adagio
内戦で大きな被害を被ったスペイン南部の古都アランフエスをイメージして描かれたギターと管弦楽のための協奏曲は、第2楽章が突出してよく知られ、クラシックのみならず多岐にわたるジャンルのミュージシャンによってアレンジされています。静かながらも激しさをはらんだ曲想には強い祈りが込められ、気が触れんばかりの絶望をも感じさせますが、最後の最後になって平穏が訪れます。
モデスト・ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」ラヴェル-神田将編(1874年作曲/1922年管弦楽編曲)
Modest Petrovich Mussorgsky:Tableaux d’une exposition(ED:M.Ravel, Y. Kanda)
プロムナード Promenade
壮麗で気品があって、展覧会に進む高揚感と、気持ちを落ち着かせる抑制感がほどよく混ざり合い、この組曲のメインテーマ的な存在感を示しています。このテーマは組曲の中で5回変奏されるほか、終曲にも登場します。
グノーム(こびと) Gnomus
プロムナードからアタッカ(間髪入れずすぐ始まる)で、大理石の立派な回廊(勝手な想像)が、イタズラ好きで小賢しい精霊の世界に一変。急速でインパクトのあるモチーフ、不気味な静寂を感じさせるモチーフ、じわじわ迫る怪しげなモチーフなど、ホラーテイスト全開。ラストの急展開はまるでアトラクションです。
プロムナードll Promenade
冒頭では金管で歯切れよく奏でられたプロムナードのテーマが、ホルンのソロと優しい木管により、穏やかに流れるように聞こえてきます。
古城 Il vecchio castello
吟遊詩人が前にするのは中世の古城。もう住む人はいないのか、仄暗く霧のかかったような曲想に終始します。低音は最初から最後までずっと変わらず「ソ」のシャープ。組曲の中で最も抒情的な一曲です。
プロムナードlll Promenade
冒頭同様に金管が華やかにテーマを奏でます。荘厳さよりも明るくフレッシュな雰囲気があり、途中で途切れるように短く終わります。
テュイルリーの庭(遊びの後の子供たちの口げんか) Tuileries – Dispute d’enfants après jeux
パリ1区、ルーヴル近くの宮殿の庭で遊ぶ子どもたち。ちょっとしたことから口論が始まり、次第にエスカレート。でも、いつの間にか何事もなかったように仲直り。どこにでもある風景が軽快で味わいのある音楽になりました。
ビドロ(牛車) Bydlo
まるで足枷を付けられているかのように、重々しいリズムに引きずられながら聞こえてくる音楽は、ちょうど「テュイルリーの庭」と対極にある作りになっています。宮殿に遊ぶ頑是ない子どもたちと、無慈悲にも虐げられる人々の対比。これもまた世の現実なのでしょうか。
プロムナードlV Promenade
冒頭「プロムナード」のテーマの1拍目と2泊目を無音にし、長調から短調へと姿を変えて奏でられます。虚しさや無情さを思い起こさせ、深い喪失感が迫ります。
卵の殻をつけた雛のバレエ Ballet des poussins dans leurs coques
一転してコミカルな曲想に。見えてくるのは、殻を付けたままの雛に扮した子どもたちのバレエ。ヒヨコや親鶏の声を模した音や、ぎこちなく動き回る様子などが巧みに表現されており、とても短い曲にしてはなかなか弾きにくい難曲でもあります。
サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ Samuel Goldenberg und Schmuÿle
金持ちのユダヤ人と貧しいユダヤ人。最初は高圧的に人を見下し意地の悪そうな金持ちのテーマ。続くのは卑屈でみすぼらしい貧乏人のテーマ。貧乏人の声に金持ちの声が覆い被さり、ついには掻き消されてしまいます。
リモージュの市場 Limoges – Le marché
活気ある市場の様子を背景に、ところ構わずけたたましく自己主張する女たちの姿をシニカルに描いた一曲。休みなく続く細かいリズムや、少し調子はずれにも聞こえる個性的な音形は、組曲全体を通して最も難易度が高いと見ることもできます。
カタコンベ(ローマ時代の墓) Catacombae – Sepulchrum Romanum
旋律と言える部分はごくわずかで、和音と強弱の変化のみを用いて、叫びと鎮魂の全容を表現しているところに惹かれます。目立つ曲ではありませんが、ムソルグスキーらしさが色濃く刻まれ、組曲全体の重心になっているようにも感じます。
死せる言葉による死者への呼びかけ Cum mortuis in lingua mortua
「プロムナード」の変奏に始まりますが、もはや「プロムナード」の活力はなく、太陽系の果てに達したボイジャーが見た景色のように、生命がなく光さえも微弱な空間を彷彿とさせる雰囲気があります。後半には安定した水平線が姿を現し、この世ではない場所に達した感覚に包まれます。
バーバ・ヤガー(鶏の足の上に建つ小屋) La cabane sur des pattes de poule – Baba-Yaga
平穏を打ち破るのは、魔女「バーバ・ヤガー」の牙でしょうか。人喰い魔女が荒れ狂う騒々しさと、気付かぬうちに忍び寄る不気味さが描かれ、今にも喰われそうな緊迫感に達したところで、間一髪ワープする仕掛けになっています。
キエフの大きな門 La grande porte de Kiev
壮麗で華やかな主題は、クラシックに疎いという人でもどこかで耳にしたことがあるでしょう。「友よ、お前は偉大だった!」という声が聞こえてきそうです。力強さが突如途切れた後の虚空のような響きにはなんとも言えない切なさがありますし、「プロムナード」を通って最高潮に達する道のりには、死を超越して友を讃える心が溢れています。




こんばんは!深川演奏会、素晴らしかったです。
私もエレクトーン経験者(グレード5級演奏and指導共にあり)ですので、二列目でじっくり先生の演奏を堪能させて頂きました。
旭川のヤマハから楽器を借りたと?
あんな鍵盤がフカフカになっているのを弾かれたとの事でとても可哀想、と感じます。
私のを貸してあげたかった?笑
ELS-02Xでじっくり聴きたかったです。
それでもアランフェスのギターの感じとかが素晴らしく後半の盛り上がりの部分は泣きそうになりました。
第九も弾き振りお疲れ様でした。
旭川にも是非いらしてください!
はじめまして。本日深川の演奏会を聴かせていただきました。大迫力と繊細さを兼ね備えたエレクトーンの魅力に圧倒されました。アランフェスのギター音や展覧会の打楽器など、オーケストラでは聴けない、エレクトーンにしか出せない音楽の世界を感じました。
展覧会の絵は中学生の頃から聴かせていただいてます。
管弦楽で始まりピアノソロ、そして今回はエレクトーン。
プロムナードが馴染み深いです。
友人の死のお話は初めて伺いました。
暗めの少し不気味?な曲想があるのは、そのためだったのでしょうか。
詳しい解説の内容は知らずに9月23日のコンサート聴かせていただきました。
解説を読んで、異国の、ある程度昔の佇まいが想像されました。
ビアノ楽譜は購入していませんが、気が向いたらプロムナードだけでも弾いてみようと思います。